第10話「英雄の、スパイとの再会」
南側の市場は、昼でも人が多かった。
布を売る商人、香辛料を並べた露店、材木を積んだ荷車。その中を三人で歩いた。ロウェンが周囲を、セラが後方を警戒した。アルトは前を見ながら、エリンに教えてもらった場所を頭に描いた。
市場の南端に、空き屋のような建物があった。
一階は物置として使われているようで、二階に明かりがぼんやりと見えた。人がいる。
「ロウェン、正面の通りを押さえてください。セラさんは裏手を」
「はい」
「わかりました」
二人が動いた。アルトは建物の脇に回って、窓から中を確認した。オーデンがいた。昨日リンデル村で会った男が、机の上に書類を広げていた。
アルトは扉を開けた。
「──!」
オーデンが振り返った。机の上の書類を掴もうとした。アルトは先に書類を手の届かない場所に移した。
「落ち着いてください」
「お前──」
「英雄です。こんにちは」
オーデンは逃げようとした。窓に向かった。窓の外にはロウェンがいた。裏口に向かった。裏口にはセラがいた。
三方向を塞がれて、オーデンはその場に立ち止まった。
「渡せるものは渡してほしいです」とアルトが言った。
「何の権限で」
「英雄です」
「──それが嘘だとしたら?」
アルトは表情を変えなかった。
「英雄だと言っています。信じるかどうかはあなたの判断ですが、今の状況は変わりません」
オーデンが机の端に手をやった。隠した何かがある。アルトはそれが武器だとわかったが、距離がある。
「あなたが集めている情報を聞かせてもらえますか」
「何で教えなければいけない」
「教えれば、見逃します」
オーデンは考えた。打算的な人間だ。逃げ場がなければ取引に応じる。
「……英雄の戦闘記録を集めていた」
「誰の依頼で」
「魔族の方から」
「魔族のどこ?」
「……将軍クラスの方から直接、と言われている。名前は聞いていない」
「どんな情報を渡した?」
「今日が最初の報告のはずだった。まだ渡していない」
アルトは少し考えた。
「書類を全部渡してください。その後は自由にしていいです」
「本当に見逃すのか」
「嘘をつくのが苦手じゃないので、それは本当です」
嘘はついている。しかし「見逃す」という約束は守る。そういう使い方をする。
オーデンは書類を渡した。
アルトは扉を開けた。「どうぞ」と言った。
オーデンが歩き出した時、立ち止まって振り返った。
「一つだけ教えておく」
「なんですか」
「俺を雇った将軍が言っていた。お前のことを──」
オーデンは少し笑った。
「面白い英雄がいる、と。一度見てみたい、と」
「誰ですか、その将軍」
「ヴァルク、という名前だった」
それだけ言って、オーデンは出て行った。
ロウェンが戻ってきた。セラも来た。二人がアルトの顔を見た。
アルトは書類を閉じた。
「ヴァルク、という名前を知っていますか」と聞いた。
「魔族の将軍で、実力者だと聞きます」とセラが言った。
「その人が俺を面白いと言っているそうです」
「……どういう意味ですか」
「さあ」
アルトは書類を懐にしまった。
ヴァルク。
十年前の戦場を生き延びた者なら、本物の英雄を知っているかもしれない。
本物と偽物の区別が、つくかもしれない。
10話、ありがとうございます。
ヴァルクという名前が出てきました。
この人物については、もう少し先に出てきます。
アルトが一番怖い相手は、「本物の英雄を知っている者」です。
次話では少し違う場面が来ます。続きをよろしくお願いします。




