第11話「英雄の、小さな本音」
夜になった。
三人は宿に戻った。夕食を食べて、それぞれ部屋に上がった。
アルトは眠れなかった。
書類を広げて読んだ。オーデンが集めていた情報は、アルトの行動記録と、英雄の戦闘スタイルに関する分析だった。「英雄アルトの剣は左手主体」「戦闘スタイルが英雄の記録と一致しない」「正体確認のための接触が必要」と書かれていた。
正体確認のための接触。
それはつまり、ヴァルクがアルトを「本物かどうか」を直接確かめようとしているということだ。
厄介なことになった。
書類を閉じて、廊下に出た。
外の空気を吸いに行こうと思ったら、ロウェンが宿の出入り口近くの段に座っていた。夜空を見ていた。
「眠れないんですか」とアルトが言った。
「英雄様こそ」
「まあ」
アルトは隣に座った。夜風があった。星が出ていた。
しばらく二人で黙って空を見た。
「怖くないんですか」とロウェンが言った。
「何が」
「ヴァルクとやらが動きを探ってきたこと。あと……オーデンのこと全般」
「怖いですよ」とアルトは言った。
ロウェンが少し驚いた顔をした。英雄が怖いと言うとは思っていなかったのだろう。
「怖くないふりをするのも疲れますよ。たまには」
「そうですか」
「あなたは怖くないんですか、こういう仕事が」
「怖いですよ。でも怖いから、ちゃんと考えて動けるんだと思って」
ロウェンが星を見ながら言った。
「傭兵やってた頃は、怖くないやつほど早く死ぬと思っていました。怖さを感じるやつの方が、生き残る。英雄様も、怖さを感じているなら──まあ、大丈夫じゃないですかね」
アルトは返事をしなかった。
ロウェンの言い方は雑で、論理的でもなかったが、なんとなく楽になる言葉だった。
「なんとかなる気がするんですよ、いつも」とアルトが言った。「根拠はないんですけど」
「それが英雄ってことじゃないですか」
「どうですかね」
「俺はそう思いますよ」
ロウェンはそれだけ言って、あとは黙った。二人でしばらく空を見た。
虫の声がしていた。星が動かなかった。
「ロウェンさん」
「はい」
「本当に俺の護衛がしたいんですか」
「まあ……した方が面白そうで」
「それだけですか」
「それだけです」
それが全部じゃないと、アルトは少し思った。しかしそれ以上聞かなかった。
「そうですか」と言って、空を見た。
しばらくして、宿の二階の窓が少し動く音がした。
気づいたかどうかはわからないが、アルトは少しだけ顔を上げた。
セラの部屋の窓だった。
明かりが見えた。
11話、お読みいただきありがとうございました。
宿の主やロウェンとの静かな時間。しかし、その背後では「英雄の正体」を巡る国家的な策謀が動き出しています。
次話、アルデア大陸を揺るがす大規模な魔族の動向、そして世界の理に生じる「歪み」の予兆が現れます。
物語はさらに加速を続け、世界の深奥へと踏み込んでいきます。
引き続きよろしくお願いします。




