表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十年前、俺以外の英雄は全員死んだ。〜無能な生存者が、嘘をついてまで「英雄」を継がなければならなかった理由〜  作者: 蒼野湊


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/18

第12話「英雄の、平和の終わり」

 翌日、依頼の報告を衛兵長に届けた。


 間諜の件と魔物の件、それぞれの情報を伝えた。衛兵長は「助かりました、英雄様」と頭を下げた。報酬が渡された。書類は衛兵長に預けることにした。王都の方に伝えてもらう必要があるかもしれなかった。


「ヴァルクという名前を聞いたことがありますか」


 別れ際にアルトが聞いた。


 衛兵長の顔色が変わった。


「……ご存じですか。魔族の将軍の中でも、一際力を持つと言われる男です。十年前の戦争にも、その軍を率いて参加していたと──」


「そうですか」


「英雄様のお耳に入るということは、何か動きが?」


「まだわかりません。気にしておいてください」


 宿に戻る途中、小さな広場で三人が立ち止まった。


 なんとなく、止まった。理由はなかったが、三人とも同じタイミングで足を止めた。


「出発しましょうか」とロウェンが言った。


「どこへ」とアルトが言った。


「さあ。英雄様が次に向かうところへ」


 アルトは少し笑った。「勝手なやつですね」と言った。


「まあ、俺は護衛ですから」


 セラが「私も同行します」と言った。短く、はっきりと。


「なぜですか」とアルトが聞いた。


「まだ聞きたいことがあるので」


「不変の石の話ですか」


「それも、あります」


 アルトはセラを見た。セラはまっすぐアルトを見ていた。


 何かを知っている目だと、アルトは思った。しかし今日はそれ以上聞かなかった。


「では、行きましょう」


 三人が歩き出した。


 街を出た辺りで、旅商人の一人が走ってきた。「英雄様!」と呼んだ。


「何ですか」


「先ほど北の街道から来た商人たちが言っていました。国境近くで──魔族の大きな動きがあったと」


 三人が立ち止まった。


 大きな動き。この十年で聞いた中では、最大規模の話だった。


「規模は」


「数百、ではないかと。正確にはわかりませんが、数千かもしれないと──」


 アルトは少しの間、前を向いたまま黙った。

 その瞬間だった。

 アルトの視界で、世界の色彩がぐにゃりと歪んだ。

 空の青がどろりと濁った紫色に反転し、白い雲がどす黒い塊に変わる。街並みも、行き交う人々の姿も、まるで質の悪い絵画のように輪郭が崩れ、砂嵐のような幾何学的な「ノイズ」が視界を埋め尽くした。

 鼓膜の奥で、カリカリと硬い物を削るような音が響く。

「……っ!」

 アルトは思わず目を押さえた。隣に立っていたロウェンもセラも、何も気づいていない様子で立ち尽くしている。

 数秒後、世界は何事もなかったかのように元の色彩を取り戻した。

 ただ、懐の不変の石だけが、心臓の鼓動よりも激しく熱を帯びている。


 数千。


 自警団では無理だ。正規軍でなければ対処できない。しかし正規軍が動くには英雄の要請が必要で、英雄が動くということは、英雄が本物でなければならない。


 要するに、アルトが「英雄として動く」必要がある。


 本物でもないのに。


「……そうですか」


 アルトはそう言った。


 ロウェンが横に来て、小声で「どうしますか」と言った。


「やるしかないです」


「英雄として?」


「英雄として」


 ロウェンが頷いた。


 セラがアルトを見た。何か言いたそうな顔をして、それでも何も言わなかった。しかし今度はその顔が、少し違った。責めている顔ではなかった。


 心配している顔だった。


「行きましょう」


 アルトは歩き出した。


 世界は彼を英雄と呼ぶ。


 彼は英雄ではなかった。


 それでも今日も、歩く。


 ──なんとかなる。根拠はないが、そういう気がした。

 たとえ、今見えた「世界の狂い」が、このハッタリの代償だとしても。

12話、お読みいただきありがとうございました。


アルトの前に現れた「数千の魔族」。そして、彼にしか見えなかった「世界のノイズ」。

これまで「ハッタリ」で乗り切ってきた平和な日々が終わり、物語はさらに巨大な、世界の理そのものに関わる戦いへと突入します。


この石は何を記録しているのか。なぜ世界はノイズを走らせるのか。

第13話以降、その謎の深淵へ三人と共に踏み込んでいただけますと幸いです。

引き続きよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ