第13話「英雄の、国への道」
英雄が呼ばれた。アルテア王国の王都から、正式な文書で。
アルトはその文書を三回読んで、溜め息を一つついた。
──面倒なことになった。
「王都へ?」
ロウェンが食堂でパンをかじりながら文書を覗き込んだ。「本物ですか、これ」
「本物です」
「国王陛下の署名がある」
「そうです」
「英雄が直接、陛下に呼ばれるというのは、相当なことでは」
「そうです」
アルトは返す言葉が少なかった。文書を折りたたんで懐にしまい、その上から不変の石に触れた。
先刻の異様な熱は引いていたが、代わりに、石の中からチリチリと静電気のような微かな脈動が指先に伝わってくる。
内容はシンプルだった。北の国境付近で魔族の動きが確認されている。英雄の力を借りたい。王都に来てほしい。
書いてあることは本当だろう。魔族の大規模な動きは第12話で確認した通り実在する。問題はその後だ。
王都に行くということは、より多くの人間に「英雄」を見せるということだ。それだけ嘘がバレるリスクが上がる。国王の前で英雄として振る舞わなければならない。側近の目もある。貴族の目もある。
エリンが「正体確認のための接触がある」と言っていたことを思い出した。
王都に行けば、そういう連中と正面から向き合う可能性が高い。
「行くんですか」とセラが言った。
「行かなければ英雄じゃないでしょう」
「そうですか」
「なんとかなります」
「根拠は?」
「ないです」
セラが少し目を細めた。どういう感情かはよくわからなかったが、少なくとも呆れているようには見えなかった。
三人は朝食を済ませて、王都への街道に出た。
晴れた日だった。街道は広く、荷馬車や旅人の往来が多い。王都に近づくほど道が整備されている。英雄がこの道を歩いているという噂は、すぐに広まるだろう。
「緊張してますか?」とロウェンが隣を歩きながら聞いた。
「少し」
「らしくないですね」
「英雄も緊張します」
「そうですか。俺も少し緊張してます」
「なぜですか、あなたが」
「英雄様の護衛が王都に入るのは初めてなので」
アルトは少し笑った。
しばらく歩いた後、セラが口を開いた。
「王都には、英雄のことをよく知っている人間がいます」
「そうですか」
「十年前の戦争について、記録を持っている機関があります。英雄の行動を詳細に記録した文書が、王都の公文書館に保管されているはずです」
「それを知っているのはなぜですか」
セラは少し間を置いた。
「調べたことがあるので」
「なぜ調べたんですか」
「英雄について知りたいことがあったので」
それ以上は言わなかった。アルトも聞かなかった。
王都への道が続いた。空が広かった。アルトは右手をポケットに入れて、不変の石をなぞった。
王都に行けば、本物の英雄の記録と「英雄アルト」の現在が照らし合わされる可能性がある。
公文書館に、記録がある。
それはつまり、答え合わせができる場所がある、ということだ。
「行きましょう」
アルトは前を向いた。
怖い。でも、なんとかなる気がする。
根拠はない。しかし十年間、それで乗り越えてきた。
王都に向かうことになったアルト。
行けば行くほど、嘘がバレるリスク、そして「世界が書き換わっている」という不気味な確信が上がっていきます。
セラの「調べたことがある」という言葉が示すように、王都には「過去の事実(記録)」が眠っています。
次作『万年記録係』にも繋がる、この世界の「歴史管理」の側面が少しずつ見え始めます。
引き続きよろしくお願いします。




