第14話「英雄の、奇妙な依頼者」
王都は、思っていたより大きかった。
アルトは別に初めて来たわけではなかったが、来るたびに少し圧倒される。石造りの建物が整然と並んで、大通りには馬車と人が溢れている。空気が違う。地方の小さな街とは、重さが違う。
門で名前を言うと、衛兵の顔つきが変わった。
「英雄様……!」
小声で連絡が走った。別の衛兵が走り出した。数分後には案内人が来て、三人は中心部の宿に通された。通常の旅人が取れる宿ではないことは、内装を見ればわかった。
「出世しましたね」とロウェンが部屋を見渡しながら言った。
「出世というより、見張られやすくなっただけです」
「そういう考え方をするんですね」
「そういうことです」
案内人が「明日の朝、王宮に参上を」と告げて去った。三人が部屋に残された。
翌朝、早かった。
王宮への道は短かったが、足が重かった。アルトは正面を向いて歩いた。英雄として、堂々と。それ以外の歩き方をする理由がなかった。
王宮の応接間に通された。
部屋には二人いた。
一人は文官らしい四十代の男で、書類を抱えていた。もう一人は若い侍女が横に立っているだけで、部屋の隅に椅子を置いて座っていた。
文官の男が近づいてきた。
「グレイン・ソルド侍従長です。英雄様、お越しいただきありがとうございます」
「アルトです。よろしくお願いします」
「こちらに」
案内されながら、アルトはソルドという男を見た。
笑顔だった。礼儀正しい笑顔だった。しかし目が笑っていなかった。計算している目だ。情報を取ろうとしている目だ。
嘘を見抜こうとしている目、でもある。
「国境付近の状況をご存じでしょうか」
「概要は伺っています。魔族の大規模な動きがあると」
「そうです。数日前から哨戒部隊への攻撃が始まっています。放置すれば、本格的な侵攻に発展しかねません。英雄様のお力を借りたい、というのが陛下のご意向です」
「わかりました。できることをします」
ソルドが少し間を置いた。
「英雄様は、最近どちらにおられましたか」
「あちこちを。地方の依頼をいくつか」
「北東の方でしたか?」
「主に」
「お一人で?」
アルトはソルドを見た。
「今は仲間がいます」
「あの方々は」
「信頼できる者たちです」
ソルドが頷いた。頷きながら、何かを書類に書き込んだ。記録している。この会話を記録している。
「英雄様のことを、実は以前から少し調べておりました」
「そうですか」
「十年前の戦争の記録と照らし合わせて、英雄様の現在の状況を把握したいと思っていまして。公文書館に、英雄の行動記録が残っています。目撃証言や戦場報告書なども」
「それは知っています」
「ご覧になったことは?」
「……ありません」
「そうですか」
ソルドが少し微笑んだ。「では、ご一緒に確認していただけますか。記録の照合という形で」
記録の照合。
つまり「本物かどうか確認する」ということだ。
アルトは表情を変えなかった。
「もちろんです。ただ、照合の前に、現場の情報を先にお聞きしてもいいですか。国境の状況が急を要するなら、書類の確認より先に動くべきでしょう」
「それは……そうですが」
「時間の問題です。記録の照合は、現場対応の後でも間に合います。英雄の過去より、今の危機を先に話しましょう」
部屋に短い沈黙があった。
ソルドが笑顔を保ちながら、一歩引いた。
「ごもっともです。では現場の情報から」
セラが横で、ほんのわずかに息をついた。聞こえないほど小さな音だったが、アルトには聞こえた。
会議は一時間ほど続いた。国境の状況、魔族の動きのパターン、各地の哨戒報告。アルトはそれを聞きながら、状況を整理した。ロウェンとセラも話を聞いていた。
終わりに際して、ソルドが言った。
「記録の照合については、落ち着いた時に改めて」
「はい」
「楽しみにしております」とソルドが言った。
また、計算している目をしながら。
王宮を出てから、ロウェンが「あの人、怖いですね」と言った。
「そうです」
「でも言い返してましたね、英雄様」
「言い返したというより、先手を打っただけです」
「どれくらい持ちますか、先手は」
アルトは少し考えた。
「次に会う前までは」
セラが前を歩きながら、声をかけないままだった。しかし歩く方向は三人、同じだった。
王都の石畳に、三人の足音が続いた。
王都編、本格始動です。
笑顔の奥で獲物を狙う文官ソルド。彼が持ち出した「記録の照合」は、アルトにとって最大の危機であると同時に、この世界の「歴史」がどのように管理されているかを暴く手がかりでもあります。
公文書館に眠る、十年前の真実。
そしてアルトが隠し持つ「不変の石」のログ。
二つの記録が重なる時、何が起きるのか。第15話以降も目が離せない展開が続きます。
引き続きよろしくお願いします。




