第15話「英雄の、仲間の本音」
王宮から戻った夜、ロウェンが酒を買ってきた。
安い酒だった。瓶を三つ抱えて部屋に入ってきて「一杯やりますか」と言った。アルトは断らなかった。セラは少し迷ってから、部屋の隅に椅子を引いて座った。
三人で飲んだ。
しばらく誰も話さなかった。ロウェンが窓を少し開けた。王都の夜の音が入ってきた。遠くで誰かが笑っていた。馬の蹄の音がした。
「ソルドという人、また来ますよね」とロウェンが言った。
「来ます」
「記録の照合の話」
「はい」
「どうするんですか」
アルトは杯を持ちながら、少し考えた。
「なんとかします」
「根拠は」
「ないです」
ロウェンが少し笑った。「いつもそれですよね」と言った。責めている笑い方ではなかった。どちらかといえば「知ってた」という顔だった。
「ロウェン、一つ聞いていいですか」
「はい」
「最初に俺に声をかけた時、護衛だと言いましたよね」
「言いました」
「なぜ俺に声をかけようと思ったんですか」
ロウェンが少し間を置いた。窓の外を見た。
「面白そうだったので」
「それだけですか」
「……だいたいそれだけです」
だいたい、という言葉が少し引っかかった。アルトはそれ以上聞かなかった。
セラが口を開いた。
「ロウェンは、酒場でアルトさんを見た時、何を思いましたか」
ロウェンがセラを見た。少し驚いた顔をしてから「珍しいな、あなたから話しかけてくるのは」と言った。
「答えてください」
「そうですね……」
ロウェンは杯を持ったまま少し考えた。
「英雄って、ああいう飲み方をするんだなと思いました」
「ああいう飲み方?」とアルトが言った。
「一人で、静かに、ちゃんと飲む人の飲み方でした。英雄とか関係なく、それが」
「それが?」
「好きだったんです、そういう飲み方」
部屋が少し静かになった。
アルトはロウェンを見た。ロウェンは窓の外を見ていた。
セラが「そうですか」と言った。それだけで、それ以上何も言わなかった。
三人でまた少し飲んだ。
しばらくして、ロウェンが「明日からどう動きますか」と話を変えた。
「国境方面の情報を集めます。ソルドを通さずに、直接現場を見たい」
「ソルドを通さずに?」
「王宮の情報は、ソルドのフィルターがかかっている可能性があります。現場の話は、現場で聞く方がいい」
「なるほど。誰かコネはありますか」
「エリンが王都にいるなら」
「あの老人ですか」セラが言った。「連絡が取れますか」
「来てくれると思います。呼べば」
「なぜそう思うんですか」
「面白いと言っていたので」
ロウェンが「そういう理由で動く老人なんですか」と言った。
「だいたいそうだと思います」
「英雄様の周りには変わった人が集まりますね」
「あなたも変わっていますよ」
「俺は普通ですよ」
セラが「普通じゃないと思います」と言った。
ロウェンが「なんで?」と聞いた。
セラが「護衛の名目で、全然知らない人についてくる人間は普通じゃないです」と答えた。
ロウェンがしばらく考えてから「それはそうかもしれません」と言った。
笑ったことに自分で少し驚いた。
無意識に、懐の不変の石に指が伸びる。
この温かな時間は、果たして伝説として記録される価値があるのだろうか。それとも、世界を圧迫するただの余計なノイズに過ぎないのだろうか。
答えは出なかったが、石はただ、一点の曇りもなく青い光を反射していた。
第15話、お読みいただきありがとうございました。
ロウェンの「だいたいそれだけです」という答え、そしてアルトがふと感じた「記録される価値」。
三部作を通して描かれる「誠実な事実」と「虚飾の歴史」の対比が、三人の何気ない酒の席にも影を落とし始めています。
次話、ついにエリンが王都でアルトと相まみえます。
彼が語る「石」の秘密とは。引き続きよろしくお願いします。




