第4話「英雄の、めんどくさい出会い」
村を出たのは昼前だった。
リンデル村の人々は見送りに出てきた。子どもたちが手を振った。自警団長が深く頭を下げた。カイが「また会えますか?」と聞いたので、「まあ、どこかで」と答えておいた。
街道に出て、半時ほど歩いた頃だった。
「英雄様ですか」
声がした。
道の脇の木陰から、女が出てきた。
二十歳そこそこだろうか。旅装を着て、腰に細剣を差している。顔は整っているが、表情が乏しかった。感情の動きが、顔に出てこない。そういう顔だ。
「そうですよ」とアルトは答えた。もう条件反射に近い返答だった。
「少し、同行してもいいですか」
「どちらまで?」
「当面は、そちらの向かう方向と同じで」
アルトは少し考えた。
断る理由はない。しかし判断材料が少ない。旅人が英雄に同行を申し出ること自体は珍しくないが、この女は「英雄を守るお供がしたい」でも「依頼がある」でもなく、ただ「同行してもいいか」と聞いた。
「お名前は?」
「セラ」
「何者ですか」
「剣士です」
「それだけ?」
「今のところは」
それは正直な答えなのか、意図的に曖昧にしているのか、判断がつかなかった。アルトは「まあいいですよ」と言った。無理に断って後をつけられても面倒だし、同行させる方が管理しやすい。
そういう計算ができる程度には、アルトは慣れていた。
三人で歩き始めた。セラは少し後ろを歩く形になった。前を向いたまま、何も話さない。
「セラさんは、どこから来たんですか」
アルトが聞いた。
「遠い方から」
「故郷は?」
「ありません」
「……そうですか」
会話が続かなかった。アルトは別の話題を探した。
「英雄に用があって?」
「用というほどでは」
「では何を?」
セラがようやくこちらを見た。
「英雄様を、見たかっただけです」
「見た感想は?」
「……まだわかりません」
また前を向いた。
アルトは「そうですか」と言って、前を向いた。
どういう人間かはよくわからないが、少なくとも今のところ危険ではない。細剣の帯び方は板についているから、剣士というのは本当だろう。目に覚悟がある。「まだわからない」という言葉も、嘘には聞こえなかった。
夕方近くなって、三人は街道沿いの宿場町に着いた。宿を取り、夕食を食べた。
食堂で、近くの卓にいた旅人が「英雄様だ」と囁き合った。その後で「英雄の話をしよう」という流れになり、話が膨らんでいった。英雄がいかに強かったか、いかに世界を救ったか、という話だ。よく聞く話だ。
アルトは肉を食べながら、適当に頷いていた。
ふと気になって、セラを見た。
セラの表情が変わっていた。
といっても、感情が出てきたわけではない。逆だ。さっきまで「無」だった顔が、もっと固くなった。英雄の話が聞こえてきた瞬間に、何かが閉じたような顔だった。
「セラさん」
アルトが声をかけると、セラは即座に「なんですか」と普通の声で答えた。
「何でもないです」
「そうですか」
セラは視線を戻した。食事を続けた。
アルトは何も言わなかった。
ただ、少しだけ気になった。
英雄の話が出た瞬間に顔が固くなる人間。
いくつかの理由が考えられるが、その中でアルトが最初に思いついたのは、「英雄を個人的に知っていた」という可能性だった。
あるいは──。
夜、三人が部屋に別れた後、廊下でセラとすれ違った時だった。
「英雄様」
「はい」
「一つだけ聞いていいですか」
「どうぞ」
「英雄様は、本物の英雄の──」
セラが少し間を置いた。
「最期について、何か知っていますか」
アルトは表情を変えなかった。
「……知っていることと知らないことがあります」
「知っていることを、教えてもらえますか」
「それは、もう少し先でいいですか」
セラはしばらくアルトを見た。
その目に何があったのかを、アルトは正確には読めなかった。
「……わかりました」
セラは部屋に戻った。
アルトは廊下に一人残った。
彼女が最期について聞いた、という事実だけが頭に残った。
英雄の最期を知りたい人間は、英雄とどこかで繋がっていた人間だ。
──あいつ、何者だ。
4話、ありがとうございます。
セラというキャラクター、第一印象はどうでしたか。
彼女がなぜアルトに同行しているのか、なぜ英雄の最期を知りたいのか──
少しずつ見えてきます。
5話では、もう一人、「いる理由がよくわからない人物」が現れます。
続きはまた明日、よろしければ。




