第2話「英雄の、困った依頼」
リンデル村に着いたのは、夜半を少し過ぎた頃だった。
カイが言っていた通りの村だった。丘の中腹に張り付くように家々が並んで、村の入り口に木柵が立っている。そのほとんどが松明で照らされていた。魔物が出るとわかっていれば、誰も真っ暗にはしておけない。
「父さん!」
カイが門番に声をかけた。中年の男が松明を持って出てきた。右腕に包帯が巻いてある。
「帰ったか。英雄様は……」
男の目がアルトを見た。
アルトは手を軽く上げた。「お邪魔します」
男はしばらくの間、アルトを見ていた。英雄をどんな人物だと思っていたのかは顔に出ていた。おそらく、もう少し威厳のある見た目を想像していたのだろう。
「……本当に、英雄様ですか」
「そうですよ」とアルトは答えた。慣れた返答だった。「で、詳しく話を聞かせてください」
村の自警団長の家で、話を聞いた。
話の内容はカイの報告とほぼ同じだったが、細部が少し違った。魔物の種類は「クロウリー」という夜行性の小型魔物で、単体では大したことはないが群れを成すと厄介だ。問題は、三日前から現れている場所が毎晩変わること。村の北側に現れたと思えば、翌日は東側から来る。パターンが読めない。
「群れが複数いるんじゃないですか」
アルトが言うと、自警団長が首を振った。
「それが、足跡の数は同じで。同じ群れが移動しているようなんです。でも、なぜ毎晩場所が変わるのか」
「何かを探している」
「探している?」
「村の中の何かを」
自警団長が黙った。カイが不思議そうな顔でアルトを見た。アルトは地図を受け取って、魔物が現れた場所を確認した。三日分の記録がある。北・東・南と、一日ごとに動いている。
「明日は西側ですね」
「どうしてわかるんですか?」
「村を一周しているんです。何かの匂いを追って、時計回りに。──村の中心に何があります?」
「えっと……村の祠が」
「祠に何か置いてあるものはありますか」
「ご神体の……古い壺が。百年くらい前から村に伝わる──」
「それです」
アルトは地図を卓に置いた。「クロウリーは魔力のある物に引き寄せられます。古い壺に何か魔力が宿っているなら、それが原因です。壺を一晩だけ村の外に出しておけば、群れは外に誘導できます。あとは自警団の方々で」
部屋が静かになった。
自警団長が目を瞬かせた。隣に座っていた副長も、同じ顔をしていた。
「……それだけですか?」
「それだけです」
「英雄様が直接、魔物を退治してくださるのでは」
アルトは少し考えた。
「退治した方がいいですか?」
「いや、あの……でも、もっとこう、英雄様らしく──」
「戦わずに解決した方が、誰も怪我しなくて済みます」
また沈黙があった。アルトは気にしないことにした。人というのは英雄に「見た目のわかりやすい活躍」を期待する傾向がある。それはよくわかる。しかし派手に戦えば怪我人が出るかもしれないし、そもそも戦えば嘘がバレるかもしれない。
どちらにせよ、戦いたくなかった。
「……試してみます」
自警団長がそう言った。納得したとは言い難い表情だったが、それでいい。アルトは「では今夜は休ませてもらいます」と言って、立ち上がった。
出際に、カイがついてきた。
「英雄様」
「なんですか」
「さっきの……本当に、あれだけで終わるんですか?」
「おそらく」
カイは少し考えてから言った。
「英雄って、もっと剣とかで戦うものだと思ってました」
「戦うこともありますよ」
「でも今夜は?」
「今夜は戦わなくて済みそうです」
カイは「そうですか」と言った。複雑な顔をしていた。アルトはその顔を見て、少し申し訳ないような気持ちになった。
かっこいい英雄を期待していたんだろう、と思う。
申し訳ないが、それはちょっと無理だ。
「カイくん、ひとつ聞いていいですか」
「はい」
「英雄に頼みに来た時、怖くなかったですか。こんな夜に、知らない街まで一人で」
カイはしばらく黙ってから、「怖かったですよ」と言った。「でも他に方法がなかったので」
「そうですか」
アルトはそれを聞いて、何か言おうとして、やめた。
外に出た。夜風が冷たかった。村の松明が揺れていた。遠くで何かの鳴き声がした。夜行性の魔物のものかもしれないし、ただの夜の音かもしれない。
アルトは右手をポケットに入れた。いつものように指輪を指でなぞる。
怖かったけど、他に方法がなかった。
─────十年前の自分も、そういう顔をしていたかもしれない。
「英雄様」
後ろからカイの声がした。
「寝床、用意してあるそうです」
「ありがとう」
アルトは振り返った。少年の顔に、少しだけ疑問の色が残っていた。「英雄様って、普通の人みたいですね」という言葉を飲み込んでいる顔だ。
普通の人間だよ。
とは言わなかった。
2話、ありがとうございます。
アルトの「解決策」、あれでいいのかと思った方もいるかもしれません。
でも彼はずっと、こんな感じで十年生き延びてきたんだと思います。
次話では、この解決策にちょっとした問題が起きます。
よろしければ引き続きお付き合いください。
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