第17話「英雄の、魔族の前哨」
エリンは三日後に現れた。
宿の食堂で朝食を取っていたら、向かいに座ってきた。いつのまに王都に来たのか、どこに泊まっているのか、何も言わずに「呼ばれた気がした」とだけ言った。
「気がした、というのは」とロウェンが言った。
「そういうものです」とエリンが言った。
以来、エリンは毎朝この席にいた。
エリンが持ってきた情報は、ソルドの話より具体的だった。国境に展開している魔族の部隊は前哨部隊で、本隊はまだ動いていない。前哨部隊の目的は「偵察」ではなく「試し」だという。何かを、試している。
「何を試しているんですか」とアルトが聞いた。
「英雄が本物かどうかを」とエリンが答えた。
テーブルが静かになった。
「どういう意味ですか」
「前哨部隊は戦力ではなく、反応を見るための部隊です。英雄が出てきたら、その戦い方を記録する。記録したものをヴァルクに送る。ヴァルクが判断する」
「何を判断するんですか」
「本物かどうかを」
アルトはエリンを見た。
「ヴァルクは、本物の英雄の戦い方を知っているんですか」
「知っています。十年前の戦場でヴァルクは英雄と直接対峙しました。生き残った数少ない魔族の将軍です。英雄の動きを身体で覚えている」
それは、予想していた最悪に近い情報だった。
アルトの戦い方は英雄のものではない。普通の剣士の動き方だ。ヴァルクが見れば、一目でわかる。
「どうするんですか」とセラが言った。
「前哨部隊を叩く前に」とアルトが言った。「ヴァルクの偵察員を先に潰す必要があります。観察者がいなければ、記録は届かない」
「偵察員の場所がわかりますか」
「エリン、わかりますか」
「あたりはつけられます」
「お願いします」
その夜から動いた。
エリンの情報を元に、王都近郊の宿に潜む魔族の偵察員を三人で追った。一人はロウェンが捕捉した。一人はセラが対処した。三人目がアルトの担当になった。
路地裏での対峙だった。
相手は魔族の末端兵だったが、それでもアルトより早かった。距離を詰めてくる速度が違う。アルトは左手で剣を抜いた。右手はポケットに入れたまま。
三回、攻撃を受けた。二回はなんとかかわした。三回目は脇腹に当たった。深くはなかったが、痛かった。
それでも足を止めなかった。
路地の突き当たりに追い詰めた。剣を向けた。
「動くな」
相手が止まった。
「情報を聞かせてもらえますか」
「……英雄が自分で追ってくるとは思わなかった」
「驚きましたか」
「驚いた。でも、本物かどうかはまだわからない」
「今夜はそれだけでいいです」とアルトは言った。「逃げていいです。ただし、ヴァルクに伝えてほしい。英雄が、あなたの偵察員を三人止めたと」
相手が少し表情を変えた。
「それを言えと?」
「言えば、ヴァルクが判断します。本物かどうか、直接確かめに来るか、来ないかを」
「罠ですか」
「交渉の入口です。ヴァルクは賢い人間だと聞いています。話が通じるかどうか、確かめたい」
偵察員が少しの間、アルトを見た。
それから走り去った。
アルトは壁に背を当てて、脇腹を押さえた。痛かった。
ロウェンが路地の入り口に来て「大丈夫ですか」と言った。
「大丈夫です」
「嘘ですよね」
「まあ」
セラが横に来た。一瞥してから「手当します」と言った。
「ありがとう」
アルトは壁から離れた。夜風が冷たかった。
ヴァルクが来るかどうかはわからない。しかし何もしないより、こちらから動いた方がいい。それがアルトの判断だった。
根拠があるかといえば、ないのだが。
第17話、ありがとうございます。
アルトが怪我をしました。珍しいですよね。
でも逃がした理由は、次話でわかります。
引き続きよろしくお願いします。




