第18話「英雄の、無力な夜」
手当の後、アルトは部屋で横になった。
脇腹の傷は浅かった。セラが薬を塗って布で巻いてくれた。手慣れた動きだった。傷の処置が上手かった。
「慣れていますか、手当が」
「少し」
「自分の傷を自分で処置したことが多い人の動き方でした」
セラが答えなかった。
アルトは天井を見た。
今夜は三件のうち三件、一応対処した。偵察員を捕捉・排除し、最後の一人には情報を持たせて帰した。計画通りに動いた。
しかし。
本当に計画通りだったか、と自分に問うと、答えに詰まった。
最後の偵察員との戦い、あれは危なかった。単純な戦力差で負けていた。怪我したのは事実だ。相手が末端の兵士でなければ、今頃どうなっていたかわからない。
英雄として戦う、ということの限界が少し見えた夜だった。
ロウェンが入ってきた。
「眠れますか」
「眠れません」
「ですよね」
椅子を引いて座った。
「さっきの話、考えていたんですが」
「何の話ですか」
「偵察員を逃がした理由。ヴァルクを呼び寄せようとした、ということ」
「そうです」
「なぜヴァルクを呼びたいんですか。危ないじゃないですか」
アルトは少し間を置いた。
「ソルドが記録の照合をすると言いました。王宮の書類と英雄の今を照らし合わせれば、いずれバレます。時間の問題です。ソルドに先に動かれたら、状況が複雑になる。だから──」
「先手を打つ」
「ヴァルクに直接会えれば、情報を持っている可能性がある。本物の英雄を知っている人間が、アルトを見てどう判断するか。それを確かめたい。ヴァルクが『本物ではない』と断言すれば、それは脅威だ。しかし話が通じる相手なら、別の方法もあるかもしれない」
「何のためにそこまで」
アルトは答えなかった。
ロウェンが「守りたいものがあるからですよね」と言った。
「……そうです」
「それは何ですか」
アルトはしばらく黙った。
「今一緒にいる人間たちです」とアルトは言った。「あなたも、セラも、エリンも。あと、あの人が守った人々も」
「あの人というのは」
「本物の英雄です」
ロウェンが少し黙った。
「怪我、ちゃんと治しておいてください」
「はい」
「俺が守りますから。今夜みたいな戦いにならないように」
「大丈夫です、俺は──」
「英雄だからって、無敵じゃないですよね」
アルトは返事ができなかった。
ロウェンが「そうでしょう」と言って立ち上がった。
「おやすみなさい」
「……おやすみ」
ロウェンが出ていった。
アルトは天井を見た。脇腹が少し痛かった。
無敵じゃない。
知っている。十年前から、ずっと知っている。
英雄の名前を背負って、英雄の力もなくて、それでも今夜も立っていた。
なんとかなってきた。でも今夜は、少しだけ、なんとかならないかもしれないと思った。
それでも。
朝になれば、また動く。
18話、ありがとうございます。
アルトが珍しく落ちた話でした。
でもロウェンの「俺が守りますから」という一言、覚えておいてください。
19話からは少し外が動き始めます。
引き続きよろしくお願いします。




