夜の旧校舎
夜の学校は、昼とは別の場所になる。
灯りの消えた校舎は、まるで巨大な影の塊のようだった。
正門は閉まっていたが、裏門は古く、簡単に越えられた。
自分が何をしているのか、紬にも分かっている。
――完全に不審者だ。
でも、足は止まらなかった。
胸の奥が引っ張られている。
旧校舎の方向へ。
近づくほど、空気が重くなる。
肺に入る空気が冷たい。
ねっとりしている。
「……やっぱり、何かいる」
旧校舎は校庭の端に建っていた。
使われなくなって何年も経つ木造校舎。
窓は板で打ち付けられ、扉は鎖で閉じられている。
なのに、二階の窓に灯りがついていた。
紬の背筋が凍る。
――誰かいる。
その瞬間。
ガンッ。
校舎の中から、何かを叩きつける音。
紬は反射的に扉へ駆け寄った。
鎖の隙間から中を覗く。
暗闇…でも、奥の廊下に“動く影”があった。
人の形?
けれど、歩き方が違う。
関節の向きがおかしい。
首が傾いたまま、廊下を引きずるように進んでいる。
紬の喉から息が漏れた。
「……っ」
そのとき。
背後から腕を掴まれた。
強い力。
「何をしている」
振り向くまでもない。
低く抑えた声。
菅原だった。
「帰れ」
紬は首を振った。
「先生、あれ……」
言い終わる前に、菅原の表情が変わった。
諦めたような顔。
「見えているのか」
紬は頷いた。
沈黙が落ちる。
そして先生は小さく呟いた。
「……まったく」
次の瞬間、先生は鎖を握り、力任せに引きちぎった。
金属が悲鳴を上げて裂ける。
紬は言葉を失った。
「ここから先は入るな」
「でも――」
「入るな」
容赦しないというような、冷たい命令。
拒絶…
紬の胸が痛んだ。
「危険だ」
先生はそう言って、闇の中へ踏み込んだ。
一人で。
紬はその背中を見つめる。
遠ざけられている。
分かっている。
でも…紬の胸の奥でなにかが引っかかる。
瞬間、校舎の奥から、低い笑い声が聞こえた。
人ではない声。
空気が歪む。
床が軋む。
闇が揺れる。
紬の足が勝手に動いた。
「先生!」
その瞬間。
廊下の奥で、黒いものが爆発した。
――夜が、吠えた




