旧校舎の噂
紬は返事をすることができず、菅原先生も何も語らず、古典の授業が始まった。
授業は淡々と進められ、チャイムが鳴ると
「では、今日はここまで。」
挨拶をし、先生は教室をあとにした。
その日の放課後。
紬は係の仕事のため図書室に向かっていた。
古典の授業中、ずっと気になっていた。
「……見えているのか」
あの言葉が頭から離れない。
聞き間違いじゃない。
確かに自分に向けて言われた。
廊下を歩きながら、紬は自分の影を見る。
普通の影。
何も変わらない。
でも、桜の木の下の“あれ”
あれは確実に、人ではなかった。
角を曲がろうとしたとき、女子生徒の声が聞こえた。
「ねぇ、旧校舎って入れるの?」
「無理無理、閉鎖されてるって」
「でもさ、夜になると電気つくらしいよ」
「うわ、出た怪談」
紬の足が止まった。
旧校舎。
去年の終わり頃から、妙な噂をよく聞く。
夜になると足音がする。
窓に人影が立つ。
誰もいないはずの教室で椅子が動く。
ありがちな学校の怪談。
――のはずだった。
そのとき。
背後から声が落ちた。
「近づくな」
紬はびくっと肩を揺らした。
振り向くと、菅原が立っていた。
いつの間に?気配がなかった。
「旧校舎には行くな」
紬は思わず聞き返した。
「どうしてですか」
一瞬、沈黙。
先生は答えない。
代わりに紬をじっと見た。
観察するような視線。
「……お前、昔から妙なものを見るか」
否定できなかった。
喉が詰まる。
先生は小さく息を吐いた。
「関わるな。忘れろ」
それだけ言って歩き出す。
その後ろ姿を眺めながら、
紬は心の中でつぶやく。
旧校舎…胸の奥がざわつく。
嫌な予感なのに、心が見過ごせないと言っている。
なぜ?
関わってはいけないと釘をさされたのに、
紬は小さく呟いた。
「……行かなきゃ」




