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言の葉祓い  作者: みんこ
2/5

春、出会い

春の朝だった。


通学路の桜は満開で、風が吹くたび花びらが雪のように舞っていた。


綺麗だ、と紬は思った。


同時に――おかしい、とも思った。


花びらの中に、黒いものが混じっている。


ひとひら、ふたひら。


地面に落ちたそれは、花びらではなかった。


墨を垂らしたような、影。


紬は足を止めた。


その瞬間、影が動いた。


音もなく、形を変える。


人のようで、人ではない輪郭。


見間違い?

そう思いたかった。


だが、次の瞬間。


「――見るな」


低い声が落ちた。


振り向くと、スーツの男性が立っていた。


長身。黒髪。眼鏡。

切れ長の目で、彼は影を見ていた。


「はやく行け。あれのことは忘れろ。」


男性の声に驚いて、紬はそこから走り去る。


校門にたどり着き、通学路を振り返るが、もうそこには誰もいなかった。



遅刻もせず、教室にたどり着いた。

小野紬(おの つむぎ)は、教室の窓際の席で頬杖をついた。二年生になったばかりの四月。


黒板の上の時計は、まだ始業前を指している。


紬は目立たない生徒だった。


長い黒髪は肩の下で揺れるだけ。

背は高くも低くもなく、声も大きくない。

休み時間は本を読んでいることが多い。


ただ一つだけ、昔から変な癖があった。


言葉を覚えるのが、好きだった。


単語帳も辞書も好き。

古文も漢文も、なぜか嫌いじゃない。


でも、最近もっと変なことが起きている。


紬は視線を窓の外へ向けた。


校庭の端、桜の木の下。


誰かが立っている。


知らない女子生徒。


じっと校舎を見上げている。


春休み前には、いなかった。


そもそも――


動かない。


瞬きもしない。


風で髪も揺れない。


紬は本を閉じた。


見てはいけない。


そう思うのに、目が離せない。


女子生徒が、ゆっくり顔を上げた。


目が合う。


ぞくり、と背中が冷える。


その瞬間。


ガラリ、と教室の扉が開いた。


「席につけ」


低く落ち着いた声。


空気が変わる。


紬は反射的に振り向いた。


朝出会ったあの男性だった。


背が高いので、教室の入口に立っているだけで、視線が自然と集まる。


黒髪は短く整えられ、銀縁の眼鏡が光を反射している。細身のスーツの上からでも分かる、無駄のない体つき。


静かなのに、存在感がある。


教室が一瞬で静かになった。


教師は黒板に名前を書いた。


菅原(すがわら) (さく)


白いチョークの音だけが響く。


振り向いたその目が、教室をゆっくり見渡す。


そして。


ほんの一瞬。


紬のところで止まった。


――気のせい?


すぐに視線は離れた。


「今年度から古典を担当する。菅原だ」


声は低く、淡々としている。


自己紹介はそれだけだった。


クラスがざわつく。


短すぎる。


紬はもう一度窓の外を見た。


桜の木の下。


さっきの女子生徒は――


いなかった。


胸がざわつく。


視線を戻した瞬間。

菅原と目が合った。


教卓にいたはずの先生が、紬の目の前に立っていた。


先生の目がわずかに細くなる。


小さく、息を吐くように呟いた。


誰にも聞こえない声で。


「……見えているのか」


紬の心臓が大きく跳ねた。


これが、出会いだった。


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