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夜の旧校舎2
廊下の奥には、昼間とは違う、淀んだ空気が漂い、
黒く濁った桜の花びらがまるで生き物のように蠢いていた。
紬は扉の隙間から息をひそめて見つめる。
黒い花びらは渦を巻き、風もないのに廊下の天井を逆流する。
それは夜の闇が形を取ったかのようで、紬の胸をざわつかせた。
「小野、そこから動くなよ!」
菅原先生の低く響く声。
彼は廊下の中央に立ち、両手で印を結ぶ。
黒い花びらは彼の周囲で渦を巻き、手印の光に触れるたびに白く変わっていった。
「鎮まりたまえ、散りたまえ――
言の葉に宿る祓ひの力よ、闇を断ち光とならん。
清き水の如く流れよ、淀みの影は消え、日常に帰れ」
黒い影は抗うようにうねり、廊下の隅へと逃げようとする。
だが先生は動じない。
「去れ、怨みの影よ、言の葉に散れ。
空に舞い、桜の花に溶けよ」
渦巻いていた黒い花びらは白い光に還り、夜の廊下に静寂が戻った。
桜の花びらは優しく舞い、非日常の影と日常の光の境界を示す。
黒い影は完全には消えず、廊下の端や天井に微かに残っている。
しかし、桜の光が少しずつ闇を押し返す。
紬は息を整え、静かに悟った。
黒い花びらは、またいつか蠢き始める…のだろう。




