八十六話 グループ藤娘
生徒会の集まりが終わると、喜子が俺のそばに来た。
「とんでもないことになるところだったわ。・・・土曜日のお泊まりは来てくれるわよね?」
「もちろん行くわよ、約束だから」俺は安心させるように言った。「学校の中では今まで通りしていれば問題ないはずよ」
「そうね、良かった」
翌朝はいつもと同じように恵子と登校した。教室にカバンを置いてから、職員室へ行き、中村先生に今日の予定を聞いた。
「午前中の授業の準備は特にないわ」中村先生がそこまで言うと、急に声を落とした。
「藤野さん、あなたも聞いたでしょ、校長先生が怒られたこと。まさかあの二人がねえ・・・」
一年生のときは、頼子も良子も中村先生のクラスだった。
「思春期の感情の髙ぶりと思うから、問題にするのもどうかと思うけど、何か気づくことがあったらうまくやってね」
「実は・・・」
「何?何かあるの?」俺の言葉に中村先生が耳を寄せた。
「同級生が担任の先生と同棲してるんです」
「藤野さん!」中村先生の声がきつくなった。「この時期にそんな冗談を言ってはいけません。ほんとうに問題になりかねませんから」
「ご、ごめんなさい。二度と言いません」俺はすぐに謝った。
「確かにずっと二人きりでいるのは問題かもね。・・・藤野さん、またうちに遊びに来なさい」
遊びに、じゃなく、掃除をしに来なさいという意味だろう。しかし、この話の流れでは断れない。
「わかりました・・・」
「そう、よろしくね」中村先生がにっこりと微笑んだ。
してやられたと思いながら教室に戻った。クラスメイトは普段通りだった。
ところが昼休みには、噂をする生徒が出始めていた。
「女の子どうしの恋愛が禁止されるらしいわよ」
「女の子どうし?どういう意味?男の子と交際してはだめということじゃないの?」
「女子どうしでべたべたするのが問題らしいわ」
俺は最初気づいていなかったが、昼休みの終わり頃になって、クラスの女子生徒四人が俺のところへ来た。
「委員長、よろしいかしら?」頭につけた赤いカチューシャが特徴的な子が話しかけた。
「え?あ、はい」
「女子どうしで仲良くしてはいけないと校長先生が言われたという噂がありますけど、どういうことかしら?」
「そ、それは・・・」クラスを見渡すと、ほかの生徒も俺を見ていた。これはごまかせないと思った。
「わかりました。六時間目が終わった後の学活で説明しますから、それまで待ってもらえるかしら」
「いいでしょう、今は時間がないし。よろしくね、委員長」
そう言ってその四人組は席に戻って行った。
俺に話しかけたのはその四人組のリーダー格の斉藤さんだ。四人でいつもきゃぴきゃぴ騒いでいる。下手に説明すると、俺がつるし上げを食いそうだ。
職員室に御用伺いに行っていた一色が戻ってきて「どうしたのさ?」と聞いた。
「昨日の件、説明しなくちゃならなくなったみたい」
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも」下手なことを言えば、総すかんを食らう可能性もある。
時間がゆっくり流れますようにとの俺の願いは叶わず、あっという間に六時間目が終わった。俺は教室に来た中村先生に、事情を説明した。
「そう、困ったわね。・・・うまく説明してね」
俺は教壇の後に立ち、クラスメイトの方を向いた。一色は横に立たせている。
「みなさん、今日噂になっていることの説明をします。・・・いろいろな憶測が流れているようですが、惑わされないよう聞いてください。
女子生徒どうしでいちゃいちゃしている様子を校長先生が見て、気分を害されたようです。そこで節度を守るようにと生徒会長に言われ、委員長の私たちに伝えられました。
ただしこれは、女子どうしの友情を否定するものではないと生徒会長がおっしゃられました。ですから、みなさんはあまり気になさらず、今まで通りの学校生活を送ってください」
「質問があります」とカチューシャの斉藤さんが手を挙げた。
「どうぞ、斉藤さん」
「委員長は毎朝、よそのクラスの子と手を繋いで登校していますが、これは問題ありませんか?」
「彼女は幼馴染の友人です。・・・友人どうしで手を繋いでも問題ないと生徒会長から聞いています」
「一組の委員長や三組の子が、よく委員長を尋ねてきますが?」
「二人とも一年生のときからの友人です」
「三年の水上先輩もときどき委員長を尋ねてきますが?」
「あの人は面白半分で絡んできているだけです」
「校長先生が気にされている今の状況では、よそのクラスの友人と仲良くすることを少し自粛された方がいいんじゃないでしょうか?」
「え?・・・どういうことですか?」
「委員長なんですから、もっとクラスメイトに目を向けるべきだと思うんです」
何となく斉藤さんの言いたいことがわかってきた。委員長なのに、淑子と一色を別にしてクラスメイトとあまり仲良くせず、恵子や喜子や麗子と仲良くしているのがおもしろくないようだ。
「わ、わかりました。・・・気をつけます」
俺がしゅんとなって答えると、斉藤さんはにっと笑って着席した。
「はい、じゃあこれまでにしましょう!」と中村先生が言った。
「今、委員長が言ったように、みなさんがあまり気にされることはありませんから、噂に惑わされないでくださいね」
生徒たちは「はい」と返事をして、学活が終わった。
俺が帰る準備をしていると、斉藤さんたちが寄って来た。
「委員長、放課後は何か用事があるの?」
「いえ、今日は別に・・・」
「じゃあ、みんなで私のうちに来ませんか」
「え?・・・か、かまいませんけど」
「なら行きましょう!」
俺は四人に囲まれるようにして教室を出された。廊下の先に喜子がいて何かを話したそうにしていたが、斉藤さんたちの雰囲気に飲まれて近づけないようだった。
目の端で一色が喜子に何かを説明しているのが見えた。
そのまま校門を出て、斉藤さんの家まで行き、中に招き入れられる。
斉藤家は美知子の家と同じくらいの広さだった。台所以外にはお茶の間と子供部屋しかなく、俺たちはぞろぞろと子供部屋に入って行った。
狭い部屋の畳の上に五人で腰を下ろすと、お茶の間の方から小さな女の子が三人寄ってきた。一人は五歳くらい、もう一人は三歳くらい、そして最後の一人は一歳くらいで、四つんばいでやってきた。
斉藤さんの友だちには慣れているようで、すぐにまとわりついてきた。俺のところにも一歳くらいの子がはって来たので、俺が抱き上げて膝の上に座らせた。
「妹さん?」と俺が聞くと、斉藤さんは首を縦に振った。
「年の離れた妹が立て続けに生まれてまいってるのよ。・・・言っとくけど、この子たちの母親は私の継母じゃなく、実母よ」
そんなことは疑っていませんでした。
俺の膝の上の子が俺の顔を見上げて「あー」と言ったので、頭を撫でてやった。
改めて斉藤さんたち四人の顔を見る。カチューシャをした斉藤雛子、髪を真ん中で左右に分けた須藤 翠、ポニーテールの齋藤美樹、こっちの齋藤さんは漢字が難しい齋藤だ。そして最後の一人がおかっぱ頭の佐藤孝子だ。この佐藤さんは恵子の友だちの佐藤さんとはもちろん別人だ。
「よく考えると、みんなの名字に藤の字がついてるわね」
「そう、だから私たちのグループを藤娘と自称しているの。委員長の藤野さんが入ってくれたから完璧だわ」得意そうに話す斉藤さん。
「え?・・・宮藤さんが入ってないけど?」と俺は淑子の名前を出した。
「あの人はちょっと変わっているから、人数が必要なときだけ駆り出すことにしてるの」
人数が必要って?討ち入りでもするんかい?
「私の名前が藤野だから誘ったの?」
「それもあるけど、委員長が後ろ盾になれば心強いしね」と斉藤さん。
頼むから、変な行動を起こさないでくれよ。
「雛子はああ言っているけど、ほんとうは前から仲良くなりたいって言ってたのよ」
「余計なこと言わないで、美樹!」斉藤さんが頬を染めた。
「ところで委員長って、杏子さんと親しいんでしょ?」と佐藤さんが聞いてきた。須藤さんも身を乗り出してくる。
「孝子と翠は前から水上先輩に熱を上げているのよ」
忘れがちになるが、そう言えば水上先輩は女子に人気があった。
「水上先輩のどこがいいの?」前から疑問に思っていた。
「美人だし、立ち居振る舞いが男の子みたいでりりしいし・・・」
「りりしいの、あれで?」女らしくないというだけじゃないか?
「委員長は水上先輩に厳しいのね?」と須藤さんが聞いた。
「あの人は近くで見ると変な人だから。・・・将来は漫才師になりたいなんて言って、私には相方になれって迫るのよ!」
「漫才?委員長は漫才できるの?」
「できないし、なりたいとも思わないし」俺は両手を振って否定した。
「遠くから見るだけにした方がいいのかしら?」と須藤さんがため息をついた。
「水上先輩のそばに行きたければ、隠し芸を身につける必要があるのよ」と、俺は新年会で見た惨状を説明した。
「うわ〜」と声を出す四人。そのとき、俺の膝の上の子が平手で俺の胸をぱんぱんとたたき出した。
「え、何?」
「おっぱいをほしがってるのよ。・・・蕗子、そのお姉ちゃんはおっぱいがないから」
おっぱいがないんじゃなく、出ないだけです。
斉藤さんが立ち上がってその子を抱き上げると、お茶の間の方に連れて行った。
「みんな、普段はどんなことをお話ししているの?」
「そうねえ、歌手や歌謡曲の話や、テレビや映画の話、それに学校の噂話ね。・・・委員長が友だちと毎朝手を繋いで登校するって話もしたわ。ちょっとあやしいんじゃないかって」と齋藤さんが言った。
「い、いえ、別にあやしくなんかないけど・・・」
「冗談よ、冗談。校長先生に告げ口なんてしないから安心して」
そんな危険、考えたこともなかったよ。




