五十五話 女子高見学
明日香は俺の席に座ると、俺の机の上に顔を伏せた。
「何をしてるの、明日香ちゃん?」
「ん~。お姉様の温もりを感じたくて・・・」
俺の体温は残ってないよ。それに真紀子がきょとんとした顔で明日香を見ている。教育に悪い。
真紀子も隣の席に座った。
「教室自体は中学と代わり映えがないけど、勉強は難しいんでしょ、みっちゃん」
「うん、中学のときよりはね。・・・特に数学が難しいかな」国語、英語、理科、社会も簡単じゃない。
「でも、この学校は家庭科に力を入れているから、裁縫や手芸の実習が多いかな。マキちゃんはどう?そういうの得意?」
「う~ん、微妙かな」
「私も~」と相づちを打つ明日香。
「まあ、私も得意な方じゃないけどね、何とかやってるよ」と二人を安心させるために言う。・・・家庭科の成績は三だけどね。
「さあ、ほかの教室も見ようか」
俺たちは一年二組の教室を出て、東校舎の中を北の方向へ歩いた。
「四組の奥にあるのが第一理科室と第二理科室ね」実験台が並んでいる部屋を見せる。
「生物や物理、化学、地学の講義や実験をする部屋よ」
「どんな実験をするの?」と明日香が聞く。
「一年のときは生物の実習で、フナの解剖をしたわ」
ぎょっとした顔を見せる真紀子と明日香。
「でも、魚をさばくから、料理の実習に近いわよ」違いは内臓を詳細に観察することだ。
「昔はカエルの解剖をしていたみたいだけど、麻酔の効きが悪くて、内臓を引きずりながらカエルが逃げ出して、パニックになったこともあるそうよ。・・・それに比べれば、フナの解剖は楽だわ」
顔を青ざめている真紀子と明日香。松葉女子高の株が下がったら大変だ。
「ほかの高校でも、同じような実習をするんじゃない?」と、付け加えておく。
次に北校舎を回る。
「北校舎の一階には、家庭科室が二つ並んでいるわ。ミシンの部屋と料理の実習をする部屋ね。あと、図書室もあるの」
北校舎の途中に、体育館につながる通用門がある。
「あっちは体育館。今はバレー部が練習をしていると思うけど、見てみる?」
うなずく二人。俺たちは体育館に向かった。
「体操服の着替えはどこでするの?」と真紀子が聞いた。
「女子高だからね、男子がいないから、教室で堂々と着替えているわ」
体育館に入ると、予想通りバレーボール部が練習をしていた。今日も河野さんが頑張り、河野さんのファンが熱い声援を送っていた。
「ここは体育の授業だけじゃなく、全校集会や、松葉祭という文化祭でも使われているの」
俺は二人の顔を見た。
「ところで、二人は入りたい部活とかあるの?」
「私は、入るとすればスポーツじゃなく、音楽関係かな」と明日香。
「音楽関係なら、合奏部と合唱部があるわ」
「合唱か・・・。私は一人で歌う方が好きなんだけど」
俺は苦笑いした。合唱部でソロは、あまりないかな。
「私は通学に時間がかかるから、部活は難しいかも」と真紀子が言った。
「華道部だと、毎日部活をするわけじゃなく、月に一回くらい、土曜日の午後に華道の先生を呼んで実習してるわ。・・・今日はやってないみたいだけど、そんなのならできるんじゃない?」
真紀子は考え込んでいるようだった。入学してから決めればいいさ。俺のように帰宅部の生徒も少なくないし。
北校舎に戻ると、図書室の中をのぞいた。
「あら、いらっしゃい。藤野さんだっけ?」
図書室の暗号事件のときの図書委員・・・確か四組の、直子という人だった・・・が、俺の姿を見かけて声をかけてきた。
「中学生の見学者を連れて来たんだけど、中に入れていい?」
「どうぞ、どうぞ」図書委員は気楽に許可してくれた。
「あれから、本がさかさまになることはあったの?」小声で聞く。
「あれっきりで、最近はあんなことは起こってないわ」
「そう、良かった」曲がりなりにも委員長が疑われた事件だ。再発してなくてほっと胸を撫でおろした。
明日香と真紀子を連れて図書室の中に入ると、そこに委員長と一色がいた。
「あ、美知子さん」「やあ、藤野さん」二人が同時に声をかけてきた。
「その子たちは誰?」
「この学校を見学しに来た中学生よ」
「水上です」「内田です。お邪魔します」二人が自己紹介をする。
一色は『水上』と聞いてびくっとした。記憶になくても無意識なトラウマがあるようだ。
「うちの中学より難しそうな本が並んでますね」と真紀子が言った。
「芸能雑誌や、ファッション雑誌はないのね」と残念そうな明日香。
二人とも熱心な読書家ではなさそうだ。
「何か事件は起こってないかい?」気を取り直した一色が聞いてきた。
「ないわよ。・・・そんなに事件がほしいなら、学校の七不思議でも調べてみたら」と俺は提案する。
「七不思議か。なるほど・・・」
考え始めた一式を残して、俺たちは図書室を出た。
「西校舎は、保健室以外は、ほとんどが部活の部室よ。通用門から外へ出ると、すぐにグラウンドがあるから」
西校舎の真ん中にある通用門を出る。
グラウンドでは、ソフトボール部が部活をしていた。バレーボール部と同じくらい活発だ。
「ここがグラウンドで、北側にプールがあるわ」
「プールもあるの?いいわね」と真紀子が感心した。田舎じゃ川で泳いでいたそうだ。
「じゃあ、次は二階に上がるわよ」
「はい」「はーい」
西校舎の二階に上がる。
「ここにも部室が並んでいるわ」そう言って西校舎を北へ歩く。
突き当りの応接室の前にまだあの大きな姿見があった。その前に三人で立って全員の姿を映す。
髪を直す明日香。真紀子もまじまじと自分の顔を見ていた。
「いつもかわいいわね、私は」と明日香がぬけぬけと言った。
「そうね、明日香は美人だわ」と真紀子も同意する。
「あら、真紀子・・・マキもとってもかわいいわよ」明日香も真紀子をほめた。
確かに、二人とも俺よりはかわいらしい。
「お姉様も頼りがいがあって素敵ですよ」
頼りがいって、女性の外見のほめ言葉じゃないだろ。
「そうね、みっちゃんといると安心するわ」真紀子も同調した。
二人とも・・・。俺はやけくそになって足を少し開くと、腕組みをした。
「そうね、私について来なさい!はっはっは」
「はい、お姉様!」「ついて行くわ、みっちゃん!」
「あ、こっちに美術室と音楽室があるから・・・」
俺は素に戻って、北校舎の廊下を指さした。
その後、北校舎から、東校舎に曲がる。二年、三年の教室が並んでいる。
「ここが杏子先輩の教室よ」二年三組を示して説明した。
ちらりと中をのぞいたが、水上先輩はいないようだった。
「杏子先輩って?」真紀子が尋ねた。
「明日香ちゃんのお姉さんよ。・・・今日はもういないみたいだけど」
「ふっ」明日香が遠い目をした。
俺たちは一階に降りた。
「学校の中はこんなところね。何か質問はある?」
「いいえ、よくわかったわ」と真紀子。「思った通りだったわ」
どんな風に思ってたんだろう?
「じゃあ、駅まで送っていくわ」俺はそう言って昇降口に向かった。
明日香と真紀子を連れて校門まで出ていくと、コウちゃんとケンちゃんが暇そうに立っていた。学校に入ってから、一時間以上たっていた。
「ケンちゃん、コウちゃん、お待たせ」真紀子が言う。
「長いよー」二人が文句を言う。
「ごめん、ごめん。さあ、帰りましょう」
明日香を含めた五人で駅までぶらぶらと歩く。途中で、商店街の位置など、近所の地理を説明した。
駅に着くと、真紀子たちは切符を窓口で購入した。タイミングよく、あと十分もたてば田舎方面に行く電車が来るようだ。
「じゃあね、みっちゃん、明日香、今日はありがとう」
「気をつけて帰ってね」
明日香は真紀子の前に近づくと、右手を差し出した。
「待ってるわよ、マキ」
真紀子が明日香と握手する。
「ええ、これからもよろしくね」
そう言って真紀子たちは改札口に入って行った。
「マキちゃんと仲良しになれそうね」
「まあね。思ったより良さそうな子だったわ。・・・お姉様にキスをせびりそうにも見えなかったし」
「それが普通だよ」
俺たちも家に帰ることにする。
「今度はお姉様といつ会えるのかしら?」
「さあ、ね」
新年会のときには、明日香とは当分会う機会はないだろうと思っていたが、二週間で二回も会ってるよ。
まあ、外じゃ、キスをせびられることもないだろう。
「今度は二人きりで会えるところがいいわね」
「そんなところはないわよ」明日香の部屋にも水上先輩が入ってくるからね。
「それより松葉女子高はどうだった?」
「女の子の入る高校としてはいいと思う。四月にすぐに入学できないのがもどかしいわ」
「そう、好感触で良かったわ」
「また、よろしくね」
明日香はそう言うと右手の人差し指を自分の唇に当て、その指を俺の唇に当てた。
「お姉様♡」




