二十一話 誕生日プレゼント
「麗子さんが恋をしているなんて。・・・どんな素敵な殿方に恋をされたのかしら」
俺は頼子と良子を前にして空々しく言った。相手が女でないことを願う。
「そうよね、麗子さんが好きになられる方だから、きっと映画俳優のような素敵な人よ」と頼子が同調した。
「どこでみそめられたのかしら?」と良子。
二人は恋に恋する乙女の表情になった。
「美知子さんは本当に何も聞かれなかったの、お泊まりしたのに」
「そんな話は全然出なかったわ。・・・あなたたちの方がより信頼されているからかしら」
また絡まれたら何だから、二人を持ち上げておく。そんな俺の言葉に二人は頬を染めた。
「ま、まあ、・・・すぐに美知子さんも相談されるようになるわよ」
「ところで」と俺は話題を変えた。
「麗子さんのお誕生日を知ってる?」
「え、ええ」
「教えていただけるかしら」
「なぜ?」俺を警戒する二人。
「お泊まりのお礼を何か差し上げようと思って。もちろん、事前にあなたたちに相談するから」
二人は探るように俺を見たが、互いに顔を見合わせてうなずいた。
「わかったわ。十月十四日よ」
「ありがとう」
しばらくして二人は帰っていった。
十月十四日か。恵子の誕生日が九月十五日だった。誕生日プレゼントを用意しておかなくては。
美知子は親から月々のお小遣いをもらっていなかった。何か必要な買い物があるたびに、母親にお金をもらっていた。
プレゼントといっても、そんなにお金をかけられない。恵子からは消しゴムをもらった。安くて、それでいてプレゼントっぽい特別感がありそうなもの・・・。
俺の時代ならネットで検索だ。しかしそれは無理なので、美知子サーチ、つまり美知子の記憶を探ってみる。
あ、あれはどうだろう・・・。
俺は自分の机の引き出しを開ける。そして奥の方につっこんであったごちゃごちゃした雑貨をかき回して、目的のものを探した。
あった・・・。
それはリリアン編みの道具だった。
リリアン編みとは、筒状の小さな編み機に糸をかけながら編んでいくもので、女の子の遊びである。美知子が小学生のとき、駄菓子屋か縁日で買ってもらって、しばらく遊んだ記憶があった。
これで簡単な編紐を作れば、手作りの、といって仰々しくなり過ぎない、手頃なプレゼントになるはずだ。しかも小学生でもできるので、いくらなんでも俺にできないはずがない。
夕飯の準備をしている母親に、刺繍用の糸をもらえないか聞いてみたが、家にはないということだったので、明日買いにいくことにした。
まもなく武が外から帰ってきて、
「あ、姉ちゃんがいる!」と俺を見て叫んだ。
「ゆうべは寂しかった?」と聞いたら、
「全然!」と即答したので、なぐってやろうかと思った。
夕食のおかずは野菜の煮物とめざしをあぶったもの、冷や奴、みそ汁、漬け物だった。平凡だが落ち着く味だ。
「おいしい」と言ったら母親が、
「昨日はごちそうだったんじゃない?」と聞いてきた。
「そうね、夕食は洋風で、ポテトサラダとか、野菜スープが出たわ。今朝の朝食はパンだった」
「おいしかった?」
「ええ・・・でも、うちのご飯の方が口になじむ気がするわ」
「気を遣っちゃって」ちょっと嬉しそうな母親。
「俺もたまには変わったものが食いたい」と、武が口をはさんだ。
「何が食べたいのよ?」と俺が聞いてみると、
「ん〜・・・ライスカレー?」
「カレーはこの間食べたじゃない。・・・じゃあ明日、私がお昼に玉子チャーハンでも作ってあげるわ」
「ほんとか、やったー!約束だぞ」
俺がこんな優しいことを武に言ったのは、自分だけビフテキとか食べて、後ろめたい気持ちがあったからだ。
翌朝になった。夏休みは残り一週間を切った。
朝食後、お茶の間で武はたまっていた日記と夏休みの友の宿題をしていた。
「じいちゃんちから帰ったら、日記に書くことがなくなったなあ」
「ふうん、ちょっと見せて」
俺は武から日記を奪い取って、めくってみた。
「八月二十三日 夜ねえちゃんが家にいなかった。へやが広くてよかったが、父ちゃんと母ちゃんがさびしそうにしていた」
お茶の間らしいところで両親が涙を流している絵が描かれてあった。
おいおい、これじゃ俺に不幸があったみたいじゃないか。寂しくても涙を流すほどじゃないだろう。
「八月二十四日 夜ねえちゃんが家にもどっていた。母ちゃんのごはんをたべて、おいしいといっていた」
お茶の間らしいところで美知子らしき人がご飯茶碗を持って涙を流している絵が描かれてあった。
これを呼んだ人は、絶対に俺に何かあったんじゃないかと勘ぐるぞ!
朝十時頃になって、俺は母親にお金をもらって刺繍糸を買いに商店街の手芸店に行った。鮮やかな色の刺繍糸を数種類買った。これで何とかなるだろう。
帰ったら武がチャーハンを作ってくれとせっついたので、台所に行った。
まず、冷やご飯をどんぶりに一杯取り、使いかけのタマネギ四分の一個と魚肉ソーセージ半分をさいの目に切り、生卵を一個、茶碗の中で溶いておいた。
油をひいたフライパンを熱し、タマネギとソーセージを軽く火が通るまで炒め、さらにご飯を全部入れて、しゃもじでご飯のかたまりをほぐすようにして炒めた。塩コショウをし、溶き卵をかけ回し、ひと混ぜしたら皿に移した。『チャーハンの素』のような便利な調味料はない。
「味が薄かったら、塩を少しかけて」
そう言って武に手渡すと、お茶の間に持って行ってがつがつと食べ出した。
「どう、おいしい?」
そう聞いたら生意気に
「まあまあだな」
と答えたので、皿を取ってやろうかと思った。
俺と母親はキュウリの浅漬けと塩昆布であっさりと食べた。粗食にも慣れたもんだ。ハンバーガーとか食べたいなんてちっとも思わなくなっていた。
食後、部屋に帰ると、さっそくリリアン編みを始めることにした。
筒状の小さな編み機の上部に五本の突起がある。筒の中にまずエメラルドブルーの糸を通す。
糸を五本の突起に星形に巻き付け、さらに突起の周囲に糸を一周回した。
この五本の突起のそれぞれで、かぎ針を使って最初にかけた糸を、一周回した糸の外側を通して突起から外した。
また、突起の周囲に糸を一周回し、五本の突起のところで、先に一周巻いた糸を同じようにして突起から外した。
これを繰り返していると、筒の中に中が空洞のチューブ状の編み紐がどんどんできていった。
細かい作業だが、編み棒で編むよりはるかに簡単だ。
しばらく作業を続けていると、手首に回せるくらいの長さの編み紐ができた。
これをミサンガのように手首に巻いてもらおう。
意外と早くできたので、もっと編むことにした。
今度は色の違う糸を適当な長さに切り、端を固結びで結び、結び目から伸びた糸の端を切って結び目が目立たないようにした。
この糸でリリアン編みをすると、途中で色が変わる編み紐ができた。
「学校が始まると時間が取れないかも知れないから、今のうちに何本か作っておこう」
そう思って夕方まで作業を続けた。
夜、銭湯に行って久しぶりに恵子に会った。
「で、読書感想文できた?」いっしょに湯船につかりながら恵子に聞く。
「何とか。・・・図書館で委員長に会ったら、いろいろな小説を薦めてくれたわ」
「ど、どんなのを?」俺は息を飲んだ。
「いろいろ教えてもらったけど、感想文を書くのは森鴎外の『高瀬舟』にしたの」
「それはどういうお話?」
「えっとね、弟を殺して島流しになる罪人を役人が護送しているんだけど、その罪人がなぜか嬉しそうな顔をしているの」
「え、なんで?」
「役人もそう思って罪人に聞いたのよ。その罪人は、病気の弟が自殺に失敗して苦しんでいるんで、見るに見かねて殺したんだって」
「そう、なんだ・・・」
「で、島流しされるときにお役所からお金をもらったんだけど、今までこんなにお金を持ったことがなくて嬉しくなったのね」
「・・・」
「一方、役人は、仕事や給料に不満ばかり持っていたってお話なの」
「なるほど」安楽死問題や欲の深さなど、いろいろ考えさせる作品だ。
「だから、役人は今の生活に満足するべきです、とまとめたわ」
恵子らしい感想だな。・・・あれ?同性愛要素は?
「あの、委員長に三島由紀夫の作品とかは薦められなかった?」
「なかったけど」
「ふうん・・・」
なぜだ、なぜなんだ?なぜ俺にだけ、あの手の作品を薦めてきたんだ?
委員長の顔を思い出しながら、考えてみる。
仮説その一。委員長は俺が自分と同じ趣味だと思っている。・・・いやいや。
仮説その二。委員長は俺に自分と同じ趣味を持たせたいと思っている。・・・こちらの方が可能性が高いか?
でも、なんでターゲットが俺なんだ?・・・男の意識を持つ美知子を普通じゃない感じがするって言ってたが、俺にそっちの趣味はないぞ。
今度、委員長に問いただしてみよう、と俺は思った。
書誌情報
森鴎外/高瀬舟(1916年初版)




