閑話 恵子十五歳
私とみーちゃんとの出会いは、幼稚園に入る前、四歳くらいの時だった。
ようやく行き慣れた近所の公園で、年上の近所の子の後をよく追いかけていたが、小さすぎてあまり相手にされなかった。
そんなとき、母親に連れられてみーちゃんが公園に来た。それが初めての出会いだった。
あたしのお母さんとみーちゃんのお母さんが互いにあいさつしている間、あたしはその子をじーっと見つめた。同じくらいの年の子だ。
「あそぼ?」自己紹介もせず、いきなり話しかけた。
「うん」その子は母親の手を離すと、あたしの手を握った。あたしとまともに遊んでくれる、初めての友だちができた。
「わたし、みちこ」
「みちこ?・・・じゃあ、みっちゃんだね」
あたしがそう言うと、公園で遊んでいた近所の光代お姉さんが「なに?」と聞いてきた。
そうだ、光代さんもみっちゃんと呼んでたんだ。間違えちゃう。
「やっぱり、みーちゃんってよぶよ。あたしはケイちゃん」
それから、よく遊ぶようになった。幼稚園も一緒、小学校も中学も同じで、この春高校生になった。
みーちゃんとは同じクラスになれて、教室でもよくしゃべった。
みーちゃんは良くも悪くも普通の女の子だった。成績も運動も普通。身長はあたしより少し高いけど、これはあたしの背が低いからで、みーちゃん自身は普通だ。
そして顔も・・・普通、かな。
ちょっと怒りっぽいところがあったけど、あたしにはいつも優しかった。
高校生になってすぐ、なぜかみーちゃんは同じクラスの白沢さんにちょくちょくいやみを言われるようになった。
あからさまな意地悪ではなかったから、面と向かって文句を言えなかったけど、帰り道によく怒って悪口を言っていた。
そんなみーちゃんを見て、「あたしはいつまでも味方だよ」と心の中で思っていた。
ところが、五月のお休みが終わると、みーちゃんの様子が少し変わっていた。
どこがどう変わったかははっきり言えない。でも、おしゃべりの途中で突然、「すげー」とか「ほんとかよ」とか男っぽいしゃべりかたになったり、「草が生えるわ」とか「誰得だよ」などの意味がわからないことも言ったりした。・・・みーちゃんは自覚してないようだったけど。
教室の中でも、腕を組んで天井を見上げるとか、ちょっと男っぽい仕草をすることもあった。
あたしはそれらを見聞きして、「女の子としてはしたない」とは思わなかった。
むしろ、ちょっとりりしいって思っちゃった。
そして白沢さんが『明星』を学校に持ってきた日、みーちゃんは白沢さんのいつものいやみにとうとう我慢できなくなったのか、休み時間に白沢さんに近づいた。
文句を言うみーちゃん。教室中の生徒が注目した。
そのとき、突然みーちゃんが手を振り上げた。
白沢さんをぶつ!とみんなが思って、その場が凍りついたわ。
私も胸が苦しいくらいにドキドキした。
でも、みーちゃんは結局暴力を振るうことなく、席に戻ってきた。
席に着いてもむすっとしていたので、『みーちゃんは悪くないよ』とあたしは声をかけた。あたしはいつでもみーちゃんの味方だから。
あたしの言葉を聞いてみーちゃんはあたしに微笑んだわ。すると、なぜか胸のドキドキがいっそう強くなったの。
その日、白沢さんは早退した。・・・みーちゃんはちょっとしょげていたわ。
事情を聞いたのか、中村先生はみーちゃんに白沢さんの家に行くよう言った。
委員長やトシちゃんがついて行くと言ったわ。もちろんあたしも。
結局、みーちゃんは、あたしだけを連れて行くと言ってくれた。・・・白沢さんちに行くのはこわかったけど、選んでくれたのは嬉しかった。
そして緊張して白沢さんのお宅へ。
・・・でも、拍子抜けした。あんなにいやみを言ってきた白沢さんが、会ってすぐにみーちゃんに謝ったんだもの。
じゃあ、なんであんなに絡んできてたの?
小学生くらいの男の子が、好きな女の子をついいじめてしまうことがあるらしいけど、それと同じなの?
みーちゃんと白沢さんが仲直りしたのは良かったわ。でも、みーちゃんをみーちゃんと呼びたいなんて、それはダメ。
それからの白沢さんは、みーちゃんにちょっとなれなれしい。
ちょっとジェラシー。みーちゃんはあたしのみーちゃんだから。
それから、五月のお休み中にさかのぼるけど、突然あたしにお見合いの話が来た。
びっくりした。
あたしも小さい頃から、将来の夢はお嫁さんって言ってたけど、まだまだ先の話だと思ってた。
まだ心の準備ができていない。
お父さんも「恵子にはまだ早い」って反対だったけど、お仕事の関係でどうしても断りきれなかったらしい。
でも、なんであたしなの?
え?お父さんが仕事先であたしのことをほめてた?それを伝え聞いて、仲人さんが本気になった?お父さん、なんてことしてくれたの!?
相手の写真を見せてもらった。人が良さそうだが、変な顔をした人だった・・・。
さすがにお見合いのことはみーちゃんにも打ち明けられなかった。
そんなときに銭湯でみーちゃんに出会ってしまい、あわてて出てしまったけど、そんなあたしを変に思っただろうな。
やがてお見合いの日程が決まり、貸し衣装屋で晴着を借り、初めて美容院に行った。
美容院で「かわいらしいお嬢さんですね」ってお母さんが言われてたけど、あれ絶対、「子どもを美容院に連れてきたんですね」って意味の、遠回しのいやみだよ。あたしは背が低く、中学生くらいに見られるから。
お見合いの日が近づくと、あたしはめまいを起こして倒れそうな気がした。でも当日、お見合いの直前に倒れたのはお父さんだった。
前の日に、あたしが昔書いた絵日記やお父さんの似顔絵をしまった箱を納屋から出してきた。お父さんはそれをしみじみと眺めていた。すぐにお嫁に行くわけじゃないのに。
翌朝、お母さんにそれを邪魔と言われてしまおうとしたときに、別の重い荷物を持ち上げようとして、ぎっくり腰になっちゃった。
本当に自分では動けないほど痛いらしくて、なんとか部屋に寝かせ、お医者様を呼んだんだけど、そのときにはお見合いまで一時間もなかった。
お父さんは二人で見合いの席に行けと言ったんだけど、往診に来てくれるお医者様を迎え入れたり、家にも人手がいる。
お見合いの付き添いを知り合いの大人に頼もうかとも考えたんだけど、大人だと髪を直さなきゃ、とか、お化粧しなきゃ、とか、着ていく服が・・・と、一時間以内に準備ができそうにない。
そこでお母さんはみーちゃんのことを思い出した。
すぐ近所だし、準備はよそ行きの服を着てもらうだけですむし、ということで、お母さんはすぐにみーちゃんの家に電話をかけた。
みーちゃんはすぐに来てくれるとのことだった。
そこであたしははっとしたわ。お見合いのこと、みーちゃんに一言も言っていない。
お見合いのことをみーちゃんに知られることが、恥ずかしいような、気まずいような。
雨が降っていたのにみーちゃんはすぐに来てくれた。でも、お見合いの付き添いを頼まれて、驚いていた。
そりゃそうよね。あたしだったら絶対無理。
でも、みーちゃんは結局引き受けてくれて、あたしを山野屋さんに連れて行ってくれた。
晴着を着て、緊張しつつも、何とかみーちゃんに連れられて山野屋さんに来たあたしだったけど、相手の方が来ているのを知ったらもう限界だった。
胸がドキドキして、顔を上げられない、言葉が出ない、どうしようもなかった。
ところがみーちゃんは、初対面の相手なのに気後れせず、あたしの代わりに相手と会話してくれた。正直何を話してたか覚えていないけど、胸をドキドキさせながらみーちゃんのことをとても頼もしいと思った。
悪夢のような時間が過ぎて、ようやく家に戻ると、やっと話せるようになった。
みーちゃんには感謝しかない。やっぱりあたしの一番の親友だ。一生仲良くしてね。
結局一言も話せなかったあたしに、仲人さんは「まだお早いようで」と断りの連絡をしてきた。正直、ほっとした。
翌朝、せっかく骨を折ってくれたみーちゃんにそのことを報告するのは申しわけなかったけど、まだ結婚しないってことを伝えるために勇気を出して話した。
みーちゃんは何も言わなかったけど、相手の方を怒っているようだった。ありがとう、みーちゃん。
「・・・ま、まあ、私たちにはまだ結婚は早いわよ。高校を卒業してから、もっといい人を捜しましょう」
あたしを気遣って言葉をかけてくれたみーちゃん。
でもあたしには、みーちゃんが一番だよ。
夏休みに入ってまもなく、みーちゃんは田舎に行った。しばらく会えないので、その間、宿題の浴衣作りに精を出していた。
田舎から帰ってきたみーちゃんと会ったのは、銭湯でだった。
顔や手はよく日焼けしていた。しかし胸や背は白く、それがなまめかしく感じられて胸がドキドキした。
そんなあたしの様子に気づかず、みーちゃんは宿題のことを話題にし、縫い針で突いて絆創膏を巻いた指を見せてくれた。
あたしは心配したが、みーちゃんは大丈夫と笑っていた。ほんとうにりりしい。
話は読書感想文のことになった。みーちゃんは図書館で本を借りて、もう書き上げたらしい。
言ってくれれば一緒に図書館に行ったのに。
しかたがないので、翌日一人で町の図書館に行った。
みーちゃんが言ってたように委員長が来ていたので、あいさつして感想文を書けそうな本がないか聞いてみた。
「そうね」と委員長が一冊の本を書架から取った。
「小説といっても物語性が強いと、『ああ、おもしろかった』くらいの感想しかわかないから、読書感想文は書きにくいわね。逆に評論みたいなのは、小柴さんには難しいと思うし」
評論は確かに読みにくい。事実だから反論できない。
「で、比較的書きやすいのがこれ、森鴎外の『高瀬舟』よ」
そう言って委員長は、簡単なあらすじを教えてくれた。
「本当だ、いろいろ感想が書けそう。ありがとう、委員長」
「どういたしまして」
「みーちゃんにもお薦めの本を教えて上げたんだって?」
「ええ。藤野さん、ちょっと不思議な感じがする人だから、読んでほしい小説をいくつか紹介したんだけど、あまり気に入られなかったようで、残念だった・・・」
「みーちゃんが、不思議な感じがする?」
五月から微妙に雰囲気が変わったみーちゃんに、委員長も気づいてたのかな?
「そうね、普通の女子高生でなく、・・・頼もしいというか」
「頼もしい?」
「ええ、背中から『黙って私について来な』とでもいうような雰囲気が感じられて」
「そういえば、みーちゃんのことを『女番長みたい』って言ったのも委員長だったね。」
「そうだったわね。・・・一年二組の委員長である私の隣に、番長である藤野さんが立っていたら、心強くてとても素敵だと思うの」
なに、それ?みーちゃんはいつもあたしの隣にいるんだから。
あたしの胸の中にもやもやしたものが広がっていった。




