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赤と黒

寝床の中で唸っていてもあっさりと朝はやってくる。

生暖かい視線のもといつもの身支度を済ませて、いやいや、いつも通りではなく今日はお出かけ変装仕様だったわ。

くるりん、と鏡の前で回ってみせれば侍女たちのおおーっという歓声があがる。

赤のドレスに変わりはないけれど、その装飾はいつもよりぐっと抑え目な上に地味で丈も幾分か短めだ。唯一の装飾と言ったら胸元に造花の薔薇で作ったコサージュを付けてることぐらいだろう。金色巻き毛は解かれて、緩やかに波打つぐらいにして後ろで軽く結ってある。

そう、今日の私は、商家のお嬢様風となっている。まあ、もしくはあまり裕福ではない貴族令嬢(下のほう)という格好というか。

間違っても装飾過多の真紅のドレスに巻き巻き金髪とかいう悪役令嬢路線ではないのだ!

それだって好きでいつもそんな格好してるわけじゃないんだけどね。

装飾過多ドレスはほとんどフィサリスから「俺の婚約者ならばみすぼらしい格好などするな」とか言って押し付けられたものだし、巻き巻きは侍女がはりきってやっちゃうからそうなるわけだし。

私自身としては、実家から持ってきた楽々機能的ドレスに着替えたいところなのだけれども。

あ、でも色がいわゆる生成りっぽい感じがきっとフィサリス的にはみすぼらしいのかもしれない。なにせ大貴族の坊ちゃまだからなあ。

ちなみに今日のこの裕福な商家のお嬢様風ドレスもフィサリスから押し付けられたものだ。赤色を選んで持ってくるということは、どうしても私に他の色を着させたくないのか、謎だわ。

赤、赤、赤。ドレスをかけてあるところを開けばありとあらゆる赤の洪水に最近なってきて、正直困る。しかもピンクに近い薄い赤から黒みがかった深い赤まで、一つとして同じ赤がないってところがなんかもう正直怖い。

自分が黒ダイスキーだから赤を強要してくるのか!?


赤、赤について考えつつ身支度も終わると、私はその場にものすごく居辛いのでさっさと部屋を出ることにした。

部屋に迎えに来られるとかなんたる羞恥プレイだよ。侍女たちが非常に残念そうな顔をしたのを見逃さなかったわよ、なんということでしょう。

1階まで降りれば、今日は幸運なことに誰もいなかった。よしよし、このまま出てしまおう。

何食わぬ顔で扉を開けて洋館入口に立つこと数分。

入口の前には、そこそこ立派な馬車が横付けされた。わざとらしく架空の商会名の入った馬車から降り立ったのは、いつもと同じように全身黒に覆われたフィサリスだった。

というか……やっぱり黒かよ!!

意外性の欠片もないお忍び変装ルックとかものすごいつまらないんですけど!!

茶色とか緑とかそういう世の男性の衣装の色がまったくこの男の中ではありえないんだろうな!


「……わざわざ俺が来るのを玄関先にまで出て待っていたとは……」


ほんっとこういう時まで全身真っ黒ってなに考えてるんだよこの男は!

しかも私まで赤とか、これじゃいつもと変わらないだろうが!


「……やはり、おまえは赤が似合」

「ちょっと! 赤が似合うもなにも貴方がくれるのは全部赤いドレスしかないでしょうが!」


馬車から降りるなりなんだかぶつぶつ言ってる奴の、赤、という部分のみ私は聞き取ると猛抗議した。赤を着るしかないだろうがと。


「第一貴方もいつもと同じ全身黒じゃない! 赤と黒なんて目立つでしょうが!」

「ふむ。……いつもよりは質は抑えたんだがな」

「質を抑えるとかいう話じゃないわよ。全身一色っていうのがまずいと言ってるの!」


質じゃなくて見た目だと言えばフィサリスは思案する。

確かにキンキラ王太子の華美な装いに比べれば、ものすごく抑えた服装(色だけね色だけ)のフィサリスだけど、一見して良い材質の服だといつもはわかる。

黒っていったって光沢のある艶やかな黒だったりするし。ちょ、ちょっとは格好いい色だなって思うこともある。

でもそれとこれとは話が別だ。


「例えば、何か差し色をするとか……そうね、何か小物を足したりとか」

「小物か。……ああ、わかった。俺はこれにする」


はい?

にやりと笑ったフィサリスが手をのばした先は、私の胸元を彩る薔薇のコサージュだった。

器用に片手で外すとあっという間にそれは奴の手の中を経由して、胸元へ――。

な、なんですと!?

あいつ私のコサージュ取って自分のとこにつけやがりましたよ!


「これでいいだろう。黒に赤の薔薇。おまえの言うとおり、これで違和感なく目立たなくなったろう」

「ちょちょちょ、ちょっ、待っ!」


呆然とした私は一瞬の後、返せーとわめくも、軽くいなされてしまった。

してやったりと言わんばかりに奴はにやりと笑うと、私の腕をひいて馬車へと乗り込んでいく。


「さあ、もう行くぞ。これ以上こんなところで時間を潰していても無駄だからな」


ちょっと、待て。

私が真っ赤なドレス着ていて、傍らつきっきりに全身黒男がいて、なおかつその男の胸元には明らかに私の着てるドレスと同じ色の薔薇のコサージュなんてついていたら、世の人々はどう思うだろうか。

なんという公開羞恥プレイ!!!


「さて、今日はどこにでも連れて行ってやるが、どうしたい?」

「……今すぐお部屋に帰って大人しく読書したいです……」


フィサリスの問いに、しまった本音が出てしまった、いけないいけない。

もうここまできたら腹をくくって楽しんでやるしかないわ!どうせ変装してるんだし。


「というのは冗談で、まずは王都の薬屋さんを見てみたいわ。それと最近できたって話題の本屋さん」

「……俺の聞き間違いか? 薬屋に、本屋だと? ドレスとか、宝石とか、香水とか、なんでもあるだろうが」


どっちかというとそのどれもにあまり興味がないので私は首を振る。そもそも魔境で暮らしてたせいで普通のご令嬢的な興味があまり養われなかったというか。

ドレスはフィサリスがくれるし、宝石は原石でよければ庭師が発掘するし、香水なんてむしろ我が伯爵家は作ってる側だしね。


「そういうのあまり興味ないのはフィサリスも知ってるでしょ?」

「ああ。……浪費するのが嫌いで堅実的とは、慎ましやかで侯爵夫人に相応しいと父上も褒めてい」

「どっちかというとお父様のようにお金は稼ぐほうが好きなのよね。だからといって全然使わないで質素倹約っていうのは嫌なんだけど。浪費しない程度にある程度の贅沢をする、みたいなね」

「ふむ。……そこが父上の目から見ても好ましいと褒めてい」


くれるとはいえフィサリスが持ち込むドレスはどれも一流のものだし、磨いた宝石は王都に行ってしまうけどその加工の途中で出た欠片とか屑とかを使ってちょっとしたアクセサリーなんかを作ってもらったり、香水の試作品なんかを貰ったりするので、わりと贅沢なことはしてる。


「……もういい……。で、薬屋と本屋はどうして行きたいんだ?」

「薬屋は前々からお父様が薬を卸してるところで売れ行きとかお店の感じとか実際に見てみたいと思っていたのよ。本屋は単なる興味で。なにか語学辞典とか充実しているとかって」


今や我が伯爵領の魔境は一大薬草産地になっている。それにはフィサリスも実地で実験に参加してくれたからなんだけども。

生傷絶えない男に、傷つけたまま家に帰らせたら取り潰し危機と真っ青になりながら色んな薬草であーでもないこーでもないと治療し続けた結果、大変良く効く傷薬が結果としてできあがったのだ。


「なるほどな。おまえは語学の授業にはとりわけ熱心だからな。……将来侯爵夫人として外交を担うであろうことを真剣に考えているとは感心なこ」

「それに王都の本屋ならまだ見ぬ本がいっぱいありそうでしょう。楽しみねえ。あ、でも、本当は一番行きたいところがあるんだけど!」

「……ああ、どこでも連れて行ってやるぞ……ドレスでも帽子でも手袋でも指輪でも首飾りでもなんでも買ってやる!」

「――いや、それはいらないです」


なぜかやけになって吼えてるフィサリスに、さりげなくお断りを告げる。なんでそんなに熱くなってるのかなあ。

王都におのぼりさんな田舎令嬢の私と違って王都は自分の庭みたいなもんだろうに。

王太子と一緒にちゃっかりお忍び歩きとかしちゃっているのを知っているんだけど。キンキラ華美な服装からかなり質素な服に変えた王太子とかまったく想像できないけどね!

でもハイスペックな方だからそこはなりきってしまうのかもしれない、謎だわ。

私とかフィサリスに対してちゃらいことこの上ないあの方が、改まった場だともはや別人になることは了承済みだからなあ。

あのときばかりは、ミューズ降臨!!って思うもの。


動き出した馬車の中で私はそんなことを考えつつ、いまだ治まらない荒ぶる黒男を無視することにした。

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