第3話:再会
暗転が明ける、どうやら脳がショートしてしまったらしい。
目の前には記憶によくある天井が映り込んできた。
でも、この天井はいつものものではない。
過去の、親と一緒に住んでた頃の家の天井だ。
「ぐー」とお腹が鳴る。
唐突で、暴力的なほどの空腹感。
これも記憶にある。いつだっけ、小学生の頃、風邪が治りかけた時の朝だ。
完全に思い出せる。細胞の一つ一つが、あの頃の感覚を完璧に再生していく。
なら、このままドアを開けてリビングへご飯を食べに行けば。
また、パパとママに会える。
廊下の向こうから、ジュージューと小気味よく油が跳ねる音と、醤油と目玉焼きの香ばしい匂いが漂ってくる。
懐かしくて、胸の奥がツンと痛くなる。
久しぶりに、あの温かい二人に触れられるんだ。
はやる気持ちと期待を込めて、私は冷たいドアノブをひねった。
次の瞬間、私の世界は完全に弾け飛んだ。
視界になだれ込んできたのは、リビングではなく、底の抜けた暗黒と膨大な宇宙の群青。
遥か彼方、数光年先にあるはずの巨大な恒星が、私の目の前で超新星爆発を起こす。
音のない真空の世界。なのに、脳を直接震わせるほどの衝撃波が突き抜ける。
熱い。痛い。苦しい。皮膚が、肉が、細胞が、一瞬で蒸発していくような絶対的な熱量。
自分の肉体がバラバラに引き裂かれ、宇宙の塵へと変えられていく未来の私の絶叫が、今の私の鼓膜を破らんばかりに響き渡る。
──痛い、痛い、痛い、痛い……!
脳のキャパシティを超えた最悪の未来が、私の精神を蹂躙した──その刹那。
━━カチリ、と視界が爆ぜる。
「ネイラ、どうしたの? 突っ立ったままで。はやくしないとお味噌汁もご飯も冷めちゃうよ?」
さっきまでの絶望的な熱も、引き裂かれる痛みも、嘘みたいに消え去っていた。
目の前には、エプロン姿のママの優しい笑顔。
差し込む朝日の暖かさと、私を呼ぶママの柔らかな声が、ズタズタに引き裂かれたはずの私の心を、そっと、優しく包み込んでいく。
私は思わず、ママに抱きついてしまう。
暖かい。
このまま眠ってしまいたい。
寒い。
気づけば私は凍った服を抱いていた。
この服は、ママのものだ。
絶対零度の痛みが私を襲う。
体が凍っていく。
寒い、痛い、痛い、痛い......!
痛い。
パパにビンタをされた。
その日、私は学校をサボってしまったから。
でも、その痛みは優しかった。
私が間違った道に行かないようにしてくれた。
「ごめんなさい、パパ。もうサボらないから」
頬に残るジリジリとした熱と痛みが、私がここに存在している証拠のようで嬉しかった。パパの大きな手が、私の頭を乱暴に、でも愛おしそうに撫でてくれる。
ずっとこの優しい痛みのなかにいたい。
そう願ったのに、パパの手の温もりが、一瞬で鉄の冷たさに変わる。
──ガチガチと、歯の根が合わないほど頭が震える。
パパの手だったものは、私の頭に突きつけられた銃口になっていた。
鼓膜を突き刺す無機質な警告音。飛び散る赤い血飛沫。
誰かの、あるいは私の、肉が焦げる嫌な匂いが鼻腔を突き抜ける。
いやだ、戻して、パパとママのいるところに、あの温かい痛みのなかに戻して……!
──ドクン、と心臓が跳ねる。
なんなのこれ......!
何も面白くない。
何もわからない。
元の場所に返して。
暗幕が上がる。
目の前には、縄跳びで作られた輪っか。
横には少女が一人。
私の頭を触っていた。
「お姉ちゃん、起きた?」
さっきまでの記憶旅行はなんだったの。
まだ、私の鼓動は早く打っている。




