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外せない首輪⑥

 目を開けると、見慣れない天井が視界に映った。ぼんやりと瞬きをしながら、さっき見た夢を反芻する。

 昨夜、首輪を着けられたときに見たものと似ていた。低い目線。茶と白の毛に覆われた前脚。

 もしかして、あれはこの首輪を着けていた犬――コタロウの記憶だったりするのだろうか。だが、あの低い声と、外へ引きずり出される感覚が妙に引っかかった。

 何にせよ、首輪の持つ力の一つかもしれないし、久瀬たちに報告したほうがいいだろう。

 考えながら、体を起こす。

「外れない……よなぁ」

 少し首輪を弄ってみるが、昨夜と同様、ベルトが何かに引っ掛かっているように動かない。宙は諦めてベッドから下り、仮眠室を出た。

「おはようございまーす」

 二階のオフィスに入ると、久瀬が一人、パソコンの前に座っていた。久瀬はこちらを見て、ちらりと壁に掛けられた時計を確認する。時刻は十一時を少し過ぎていた。

「熟睡だったな。いつまでたっても起きてこないから、浜松さんと秋田が心配して、何度か様子を見に行ってたぞ」

「へへ、枕変わってもぐっすり寝られるのが特技なんです」

「褒めてない」

「あと、チャーハン作るのも得意です」

「聞いてない」

 久瀬はパソコンのモニターに視線を戻して、淡々と返す。宙は久瀬の隣の席――机に何も置かれていないから恐らく空席だ――に腰を下ろした。

「あの――」

「体調は?」

 さっそく夢で見たものについて話そうとするが、それより先に久瀬が尋ねた。

「元気です」

 答えてから、ふと久瀬のデスクに置かれた缶コーヒーが目に入る。

「久瀬さんはまさか徹夜?」

 昨日と着ているシャツが違うから、少なくとも着替えはしたらしい。首を傾げて尋ねると、久瀬は開いていた画面を閉じて、「交代で仮眠をとった」と答える。

「浜松さんたちは、もう帰っちゃったんですか?」

「いや、首輪が落ちていた周辺の店に聞き込み中だ」

「久瀬さんは何してたんですか?」

「今は事故の記録を確認していた」

「事故?」

 聞き返した宙に頷き、久瀬は缶コーヒーに手を伸ばす。

「一週間前、首輪が落ちていた場所で、男性が車に轢かれる事故があったんだ」

「えっ!」

 宙は思わず、椅子の背もたれから上体を起こした。

「もしかして、犬の散歩中に飼い主が交通事故に遭って、その拍子に首輪が外れて犬が逃げちゃったんじゃないですか!?」

「……俺もその可能性を考えた」

 前のめりになって尋ねた宙に、久瀬はコーヒーを一口飲んで答える。

「だが、轢かれた男性が犬を連れていたという情報はなかった」

「違ったか〜」

 がっかりして、椅子の背もたれに倒れ込む。ため息をついて天井を眺めていると、久瀬がデスクの上を片付け始めた。

「どっか行くんですか?」

「事故に遭った男性に話を聞きにいく」

「え? でも、その人は犬連れてなかったって……」

 戸惑って目を瞬く。

「事故の記録に情報がなかっただけだ。それに、犬は連れていなくて、首輪だけを持っていた可能性もある」

 なるほど、確かに。感心して頷いていると、昨夜洗濯してもらった服を差し出された。

「置いていけないから、お前にも同行してもらう。着替えて支度しろ」

「はい」

 宙が着替えている間に、久瀬は手早くリュックに荷物をまとめていく。

「そういえば、久瀬さんたちって、いつまで勤務なんですか?」

「本来は当直明けは休みだが、他の班と休日を交換させてもらったから、今日も日勤だ」

「え……」

 驚いて、Tシャツに腕を通した姿勢のまま、固まる。

「……なんかすみません。俺のせいですよね」

 着替え終え、借りていたジャージを畳みながら、しゅんと肩を落とす。久瀬は眉間に皺を寄せて宙を見た。

「何を言ってるんだ?」

「え?」

「お前は被害者だろ。どうして謝る」

「ど、どうしてって……」

 責めているわけではなさそうだが、圧が強くて、まるで取り調べでも受けている気分になる。狼狽えていると、タイミングがいいのか悪いのか、ぐぅと腹が大きな音を立てた。

 久瀬がリュックに入れようとしていた焼きそばパンが、宙の目に入る。夜食の残りか、もしくは昼食用だろうか。

「久瀬さん」

「何だ」

「それ、美味しそうですね……」

 腹を押さえながらパンを見つめる。久瀬は呆れたように宙を見た。

「さっきまでの遠慮はどこに行った」

「えへへ。極限状態で生き残れるのは、素直な人間ですよ」

「一食抜いたくらいで人は死なない」

 そう言いながらも、久瀬は宙に向かってパンを投げる。「久瀬さんって意外と優しいんですね」と言うと、ものすごく怪訝な顔をされた。





 事故に遭った男性――(うしお)晴己(はるき)は、宙と同い年のフリーターらしい。足を骨折して入院中とのことで、宙は久瀬の運転する車で病院へ向かうことになった。男性が首輪の持ち主という可能性も考え、首輪はひとまずタオルを巻いて隠すことにする。

「見てください。この格好、なんか農業やってそうじゃないですか?」

 病院の駐車場に着くなり、宙は久瀬に向かって腕を広げてみせた。スニーカーに太めのデニムパンツ、Tシャツ、首にはタオルという格好だ。久瀬は宙を一瞥して、シートベルトを外す。

「そうだな。芋掘り体験とか」

「それ子どもがやるやつじゃないですか!」

「子どもだろ」

「もう成人してます!」

 口を尖らせて言うが、久瀬はさっさと車を降りてしまう。宙も急いで後を追った。

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