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夕方になると、久瀬と浜松が分駐所へ戻ってきた。
「お疲れさまです」
秋田が椅子を回し、二人を振り返る。
「どうでした? 空き家の持ち主のこと、何か分かりました?」
「ああ。親族から話は聞けた」
浜松がスーツのジャケットを脱ぎながら答える。宙はパソコンに向かったまま、こっそり耳を澄ませた。
別に気になっているわけではない。自分には関係のない調査らしいので、こちらから聞くつもりもない。
ただ、同じオフィスで話している以上、勝手に聞こえてくるだけだ。
「もともとの家の持ち主は山根勤、三年前に七十二歳で病死している。あの家には、妻と息子の三人で暮らしていたらしい」
浜松はメモ帳を開き、情報を確認しながら続ける。
「ただ、奥さんと息子さんは二十年ほど前に交通事故で亡くなっているそうだ」
「二人とも?」
秋田が眉を寄せる。
「ああ。山根は商社勤めで、当時は残業も多くてかなり忙しくしてたみたいだが、家族仲はよかったらしい。妻と息子を亡くしてからは相当落ち込んで、しばらく休職したあと会社を辞めている」
「その後は職を転々としていたそうだ。亡くなる数年前から体調を崩し、入退院を繰り返していた」
久瀬が自分の席へ向かいながら答える。宙は画面をスクロールするふりをしながら、会話を聞き続けた。
「山根さんが亡くなってから――今まで三年間でしたっけ。その間、家で変なことは起きてなかったんですか?」
「ああ、そこなんだが」
秋田の問いに、浜松が苦い顔をする。
「ご親族の妹さんは、お兄さんが亡くなってから一度もあの家に行ってないらしい」
「一度も?」
「遺品整理もしていないそうだ」
久瀬が言うと、秋田は目を丸くした。
「でも、相続したのはその妹さんなんですよね?」
「ああ。住んでるのは隣県で、車なら一時間半程度の距離だ」
久瀬は椅子に腰を下ろし、脚を組む。
一時間半――決して近くはないが、三年間遺品整理もできないほどの遠方ではない。
「山根が入院していた間は、妹が身の回りの世話をしていたらしい。話を聞く限り、兄妹仲が悪かったようには見えなかった」
「じゃあ、なんで家には行かなかったんだろ」
秋田が首を傾げる。
「本人は、『亡くなった兄の家に入るのは、いろいろ思い出してしまって辛いから』と言っていた」
「まあ……それは分からなくもないけど」
「ただ、三年間一度も、となるとな」
浜松が腕を組む。
「売却を決めるまで、家の中がどうなってるか誰も確認してなかったってことですか?」
「少なくとも、親族はな。……で、今回不動産屋の職員が被害に遭ったってわけだ」
秋田が「うーん」と唸る。
「明日はどうするんです?」
「周辺への聞き込みから始める」
久瀬はリュックからパソコンを出し、開きながら答えた。
「昔から住んでいる近隣住民なら、山根家について何か知っているかもしれない。そのあと、状況を見ながら敷地内の調査に入る」
「家の中にも?」
「いきなり入るつもりはない。まずは外からだ」
淡々と答える久瀬を、宙は横目でちらりと見た。秋田は『記憶干渉型の異失物が関わると、久瀬は余裕がなくなる』と言っていたが、宙の目にはいつもの冷静な久瀬に見える。
「そういや、お前らはどうだった?」
ふいに、浜松がこちらを見て尋ねた。
「こっちも異失物っぽい通報がありましたよ」
秋田が答える。
「近くの交番に『不思議な物を拾った』って人が来て。届けてくれた人が、三井くんの知り合いだったんですけど」
「知り合い?」
「知り合いっていうか、別の異失物の件で前に話を聞いたことがある人だったんだよね」
秋田の言葉に、久瀬が顔を上げた。
「誰だ?」
宙はキーボードを叩いていた手を止めた。少し考えてから、ふん、と顔を背ける。
「報告書、書いたんで。それ見てください」
「……三井」
時計を見ると、ちょうどいい時間だった。
「俺、もう定時なんで帰ります」
保存ボタンを押し、パソコンを閉じる。
「お先に失礼しまーす」
「おい」
呼び止める声を無視して、ショルダーバッグを掴む。久瀬とは一度も目を合わせないまま、宙はオフィスを出て行った。
――報告書を読めばいいのだ。
どうせ久瀬なら、潮の名前を見ればすぐに、コタロウの首輪のとき話を聞いた青年だと分かるだろう。
オフィスの中からは浜松と秋田が「きついこと言ったんだし、謝ったらどうだ?」とか「三井くん辞めちゃったら久瀬さんのせいですよ」とか久瀬を責める声が聞こえてくる。
エレベーターが来るのを待ちながら、宙はふんと鼻を鳴らした。
久瀬はいつだって自分が正しいと思っている。宙に謝るなんて、夏に雪が降るくらいあり得ないことだ。
家に帰り、風呂を済ませた宙が髪を拭きながらリビングでテレビを見ていると、久瀬が帰ってきた。一瞬、自分の部屋へ戻ろうかとも思ったが、久瀬のせいで自分のやりたいことを我慢するのも癪だ。
宙は久瀬の存在を無視して、テレビを見続けることにした――はずだった。けれど、無言で座卓の上に置かれたレジ袋を目にするなり、宙は悲鳴のような声を上げてしまった。
「す……寿司!? あのドケチな久瀬さんが!?」
レジ袋に書かれているのは、神楽坂通りにある、テイクアウト専門の寿司屋のロゴだ。恐れ慄いていると、久瀬が袋から寿司の入ったパックを取り出す。二割引きのシールの貼られた、透明な蓋の中を見て、宙はさらに驚愕した。
「お……大トロ!?」
てっきりいなり寿司やかっぱ巻きかと思ったが、大トロの入った少し豪勢なパック寿司だった。宙は思わずリビングのカーテンを開け、外を確かめる。雪は降っていないようだ。
久瀬は「おい」と宙の背中に声を掛け、パック寿司を差し出してくる。
「まだ夕飯食ってないなら、お前も食べていい」
「お、奢り!?」
もはや恐怖だ。




