↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
46/55

5

「じゃあ何で顔出ししてないんですか?」

「町中でうっかり声掛けられたりでもしたら面倒でしょ。俺、人見知りだし、知らない人とか嫌いなんだよ」

「えぇ……?」

 人懐っこそうに見えるし、全くそんな風には見えないが。困惑していると、それまで黙って話を聞いていた秋田が居住まいを正し、口を開いた。

「あの動画の物は、どこで手に入れたんですか?」

 潮は少しだけ考えるように視線を上へ向けた。

「んー、いろいろだよ。リサイクルショップで買ったり、人から譲ってもらったり」

「……落とし物を拾ったり?」

「それはしてないって。もう怒られたくないからね」

 あはは、と笑いながら答える。宙は躊躇いがちに口を開いた。

「あの動画に出していた不思議な物は、本当に……全部、本物なんですか?」

 机の上に置かれた鍵をちらりと見る。

 これが本当に異失物なら――潮が動画で紹介していた物すべてが異失物ということも、あり得るのではないだろうか。

 潮はゆっくりと椅子の背にもたれ、探るような目で宙を見た。

「あんたは分からないんだ?」

「え?」

 戸惑って潮を見つめる。隣で秋田も困惑したように眉を寄せている。

「それは、どういう――」

「俺はさ、こういう不思議なものを集めるのが好きなんだ」

 宙の言葉を遮り、潮が言う。まるで切手やコイン収集の話でもするような口調だった。

「世の中には、説明のつかない物が案外あるんだよ。人の常識とか、物理法則を無視したものがね」

「……危険だとは思わないんですか?」

 顔を強張らせ、秋田が尋ねる。潮はふん、と鼻を鳴らして笑った。

「世の中、危険な物なんていくらでもあるでしょ。自分が理解できないってだけで怖がるのも、おかしいと思わない?」

「…………」

「俺はただ、そういう物を、誰より先に見つけたいだけだよ」

 そこまで話すと、潮は小さく息をつき、トントンと指先で机の上の鍵を叩いた。

「……まあ、俺が見つけた本当に不思議な物は、今のところこれだけなんだけどね」

 宙は無言で秋田と目を合わせた。

 動画で紹介されていた物が本当に異失物ではないのか、彼が異失物のことをどこまで知っているのか、潮の話を聞いただけでは分からない。気になるが――今は目の前の鍵について調べるのが先決だろう。

「この鍵は、どこで拾ったんですか?」

「それが分からないんだよね」

 宙の問いに、潮が首を傾げてみせる。

「分からない?」

「気づいたら、鞄に入ってたんだ」

 潮は肩から斜めに掛けた自分のショルダーバッグを軽く叩いてみせた。

「昨日の夜、家に帰って中身を出してたら、底の方にこの鍵が入ってて」

「……本当に?」

 思わず疑うような声が出た。潮は肩をすくめる。

「信じるかどうかは任せるよ」

「では……声が聞こえたというのは?」

 今度は秋田が尋ねる。

「触ると、ときどき聞こえるんだ。『おかえり』って」

「知り合いの声ですか?」

「いや、違うと思う」

「では、どのくらいの年齢の声に聞こえましたか? 性別は?」

「毎回バラバラなんだ。子どもの声だったり、おじさんや、若い女性の声だったり」

 潮の話を、秋田が鞄から取り出したメモ帳に記録していく。

「他に、何か変わったことは?」

 続けて、秋田が尋ねる。潮は少しだけ目を細めた。

「持ってると、帰りたくなるんだ」

「帰りたくって……家に?」

 宙はきょとんとして尋ねた。

「どうなんだろう。具体的にどこにってわけじゃなくて……。そのときは家にいたんだけど、それでも『帰らなきゃ』って思ったんだ」

 潮は首を傾げ、机の上の鍵を見つめた。宙は秋田に顔を近づける。

「十分、異失物の可能性はありそうですね」

 小声で言うと、秋田は表情を引き締め、頷いた。

「詳しい調査はこちらで行います。この鍵は預からせていただきますね」

「うん。いいよ」

 潮は素直に頷いた。報労金などの権利も全ていらないということで、念のため、連絡先だけ聞いて帰ってもらうことになった。

 潮は松葉杖をつきながら立ち上がり、そのまま部屋を出ていこうとする。

「あ、そうだ」

 けれど、ドアの前でふと立ち止まり、こちらを振り返った。

「あんたの名前、教えてよ」

「三井宙、ですけど……」

 戸惑いながら、答える。潮は唇の端を吊り上げるようにして笑った。

「そう。じゃあまたね、宙くん。……頑張って」

 それだけ言うと、今度こそ松葉杖をつきながら部屋を出ていく。

 閉まった扉を、宙と秋田はしばらく呆気に取られて見つめていた。

「なんか……変わった人だったね」

 ぽつりと秋田が呟く。宙は「はぁ」と気の抜けた声で答えることしかできなかった。




 秋田と分駐所へ戻ると、まず警察の遺失物センターへ連絡し、該当する鍵について問い合わせがないか確認した。

 しかし、潮自身がどこで拾ったのか分からない以上、落とし主を特定するのは難しい。鍵の写真をセンターへ送り、ひとまず落とし主が現れないか待つことになった。

 その間に、鍵が本当に異失物なのか確かめるため、秋田が接触試験を行う。

「じゃあ、握ってみるね」

 デスクの上に置かれた鍵を、秋田が慎重に手に取った。

 しばらく何も起こらなかったが、やがて「あ」と小さく声を漏らす。

「聞こえました?」

「うん。『おかえり』って」

「誰の声でした?」

「お母さん。……あ、今度はお父さん」

 秋田は目を閉じたまま、鍵を握り続ける。数秒後、その表情がぱっと明るくなった。

「えっ、待って!」

「どうしたんですか?」

「推し! 今、推しの声だった!」

「推し?」

 きょとんとする宙に、秋田は空いている方の手で鞄から私用のスマートフォンを取り出し、裏返してみせた。スマホのクリアケースの中には、爽やかな笑みを浮かべる男性アイドルのチェキが入っている。

「この人の声! やばい、めちゃくちゃいい声で『おかえり』って言われた!」

 先ほどまでの慎重な様子はどこへやら、秋田は興奮した顔で鍵を見つめている。

「この声が聞けるなら、どこでもいいから帰りたい!」

「いや、それ完全に怪異に誘導されてますよ!」

 宙は慌てて秋田に鍵を放すよう促した。秋田は少し名残惜しそうにしながらも、鍵を手放す。

 聞こえる声は一定ではなく、秋田にとって親しい人物や、好意を持っている相手のものへ次々と変化したらしい。

 また、鍵を握っている間は、潮と同じように漠然とした「帰らなければならない」という感覚もあったという。

 少なくとも、ただの鍵ではない。

 異失物である可能性は高そうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。