5
「じゃあ何で顔出ししてないんですか?」
「町中でうっかり声掛けられたりでもしたら面倒でしょ。俺、人見知りだし、知らない人とか嫌いなんだよ」
「えぇ……?」
人懐っこそうに見えるし、全くそんな風には見えないが。困惑していると、それまで黙って話を聞いていた秋田が居住まいを正し、口を開いた。
「あの動画の物は、どこで手に入れたんですか?」
潮は少しだけ考えるように視線を上へ向けた。
「んー、いろいろだよ。リサイクルショップで買ったり、人から譲ってもらったり」
「……落とし物を拾ったり?」
「それはしてないって。もう怒られたくないからね」
あはは、と笑いながら答える。宙は躊躇いがちに口を開いた。
「あの動画に出していた不思議な物は、本当に……全部、本物なんですか?」
机の上に置かれた鍵をちらりと見る。
これが本当に異失物なら――潮が動画で紹介していた物すべてが異失物ということも、あり得るのではないだろうか。
潮はゆっくりと椅子の背にもたれ、探るような目で宙を見た。
「あんたは分からないんだ?」
「え?」
戸惑って潮を見つめる。隣で秋田も困惑したように眉を寄せている。
「それは、どういう――」
「俺はさ、こういう不思議なものを集めるのが好きなんだ」
宙の言葉を遮り、潮が言う。まるで切手やコイン収集の話でもするような口調だった。
「世の中には、説明のつかない物が案外あるんだよ。人の常識とか、物理法則を無視したものがね」
「……危険だとは思わないんですか?」
顔を強張らせ、秋田が尋ねる。潮はふん、と鼻を鳴らして笑った。
「世の中、危険な物なんていくらでもあるでしょ。自分が理解できないってだけで怖がるのも、おかしいと思わない?」
「…………」
「俺はただ、そういう物を、誰より先に見つけたいだけだよ」
そこまで話すと、潮は小さく息をつき、トントンと指先で机の上の鍵を叩いた。
「……まあ、俺が見つけた本当に不思議な物は、今のところこれだけなんだけどね」
宙は無言で秋田と目を合わせた。
動画で紹介されていた物が本当に異失物ではないのか、彼が異失物のことをどこまで知っているのか、潮の話を聞いただけでは分からない。気になるが――今は目の前の鍵について調べるのが先決だろう。
「この鍵は、どこで拾ったんですか?」
「それが分からないんだよね」
宙の問いに、潮が首を傾げてみせる。
「分からない?」
「気づいたら、鞄に入ってたんだ」
潮は肩から斜めに掛けた自分のショルダーバッグを軽く叩いてみせた。
「昨日の夜、家に帰って中身を出してたら、底の方にこの鍵が入ってて」
「……本当に?」
思わず疑うような声が出た。潮は肩をすくめる。
「信じるかどうかは任せるよ」
「では……声が聞こえたというのは?」
今度は秋田が尋ねる。
「触ると、ときどき聞こえるんだ。『おかえり』って」
「知り合いの声ですか?」
「いや、違うと思う」
「では、どのくらいの年齢の声に聞こえましたか? 性別は?」
「毎回バラバラなんだ。子どもの声だったり、おじさんや、若い女性の声だったり」
潮の話を、秋田が鞄から取り出したメモ帳に記録していく。
「他に、何か変わったことは?」
続けて、秋田が尋ねる。潮は少しだけ目を細めた。
「持ってると、帰りたくなるんだ」
「帰りたくって……家に?」
宙はきょとんとして尋ねた。
「どうなんだろう。具体的にどこにってわけじゃなくて……。そのときは家にいたんだけど、それでも『帰らなきゃ』って思ったんだ」
潮は首を傾げ、机の上の鍵を見つめた。宙は秋田に顔を近づける。
「十分、異失物の可能性はありそうですね」
小声で言うと、秋田は表情を引き締め、頷いた。
「詳しい調査はこちらで行います。この鍵は預からせていただきますね」
「うん。いいよ」
潮は素直に頷いた。報労金などの権利も全ていらないということで、念のため、連絡先だけ聞いて帰ってもらうことになった。
潮は松葉杖をつきながら立ち上がり、そのまま部屋を出ていこうとする。
「あ、そうだ」
けれど、ドアの前でふと立ち止まり、こちらを振り返った。
「あんたの名前、教えてよ」
「三井宙、ですけど……」
戸惑いながら、答える。潮は唇の端を吊り上げるようにして笑った。
「そう。じゃあまたね、宙くん。……頑張って」
それだけ言うと、今度こそ松葉杖をつきながら部屋を出ていく。
閉まった扉を、宙と秋田はしばらく呆気に取られて見つめていた。
「なんか……変わった人だったね」
ぽつりと秋田が呟く。宙は「はぁ」と気の抜けた声で答えることしかできなかった。
秋田と分駐所へ戻ると、まず警察の遺失物センターへ連絡し、該当する鍵について問い合わせがないか確認した。
しかし、潮自身がどこで拾ったのか分からない以上、落とし主を特定するのは難しい。鍵の写真をセンターへ送り、ひとまず落とし主が現れないか待つことになった。
その間に、鍵が本当に異失物なのか確かめるため、秋田が接触試験を行う。
「じゃあ、握ってみるね」
デスクの上に置かれた鍵を、秋田が慎重に手に取った。
しばらく何も起こらなかったが、やがて「あ」と小さく声を漏らす。
「聞こえました?」
「うん。『おかえり』って」
「誰の声でした?」
「お母さん。……あ、今度はお父さん」
秋田は目を閉じたまま、鍵を握り続ける。数秒後、その表情がぱっと明るくなった。
「えっ、待って!」
「どうしたんですか?」
「推し! 今、推しの声だった!」
「推し?」
きょとんとする宙に、秋田は空いている方の手で鞄から私用のスマートフォンを取り出し、裏返してみせた。スマホのクリアケースの中には、爽やかな笑みを浮かべる男性アイドルのチェキが入っている。
「この人の声! やばい、めちゃくちゃいい声で『おかえり』って言われた!」
先ほどまでの慎重な様子はどこへやら、秋田は興奮した顔で鍵を見つめている。
「この声が聞けるなら、どこでもいいから帰りたい!」
「いや、それ完全に怪異に誘導されてますよ!」
宙は慌てて秋田に鍵を放すよう促した。秋田は少し名残惜しそうにしながらも、鍵を手放す。
聞こえる声は一定ではなく、秋田にとって親しい人物や、好意を持っている相手のものへ次々と変化したらしい。
また、鍵を握っている間は、潮と同じように漠然とした「帰らなければならない」という感覚もあったという。
少なくとも、ただの鍵ではない。
異失物である可能性は高そうだった。




