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話を終えた後、浜松班の四人は篠原に会議室へ集められた。
「急に集まってもらってごめんね」
篠原はそう言いながら、テーブルの上に一冊のファイルを置いた。
「浜松班に、ひとつ調査をお願いしたいんだ」
「統括管理官直々に、か?」
浜松がわずかに眉を上げる。その隣で秋田も顔をしかめる。
「嫌な予感〜……」
「そんな顔しないでよ」
篠原は困ったように笑ったが、否定しなかった。ファイルから資料を取り出し、宙たちに二枚ずつ配る。
最初に目に入ったのは、一軒の古い住宅の写真だった。二階建ての戸建て。白かったらしい外壁は黒ずみ、庭木は好き放題に枝を伸ばしている。門扉の奥には、赤茶色のアルミ製の玄関扉が見えた。
「空き家……ですか?」
「うん。都内にある築四十年ほどの一戸建て。持ち主が亡くなってから、三年近く空き家になってる」
相続した親族が売却を決め、不動産会社が管理を引き受けたのが一か月ほど前らしい。
「最初に怪異を体験したのは、その不動産会社の男性社員だよ」
篠原が資料を一枚めくる。二枚目の紙を見ると、三十代後半くらいの男性と、二十代半ばくらいの女性の顔写真が載っている。篠原は男性の写真をトントンと指で叩いた。
「物件の状態を確認するために現地へ行ったらしい。彼は門を開けて敷地内に入り、外壁や電気、ガス、水道のメーターなどを確認していた」
宙は男性の写真を見つめたまま、篠原の説明を聞く。
「家の中には入ってない。外で十数分ほど作業をしていたところ――突然、自分の過去を見たそうだ」
「過去?」
思わず顔を上げる。隣で久瀬がちらりと宙を見た。
「本人の証言では、十年近く前の仕事上の失敗だそうだよ」
取引先への連絡を怠り、会社に損失を出したことがあったらしい。そのとき上司に叱責されたことや会議室で頭を下げたこと、同僚から向けられた視線。
忘れたつもりでいた光景を、まるでその場に戻ったかのように体験したという。
「本人の感覚では数分程度。……だけど実際には六時間以上経っていたんだ」
「六時間?」
秋田が声を上げる。篠原が静かに頷いた。
「現地に到着したのが午後二時過ぎ。目が覚めると地面に倒れていて、すっかり日が暮れていたそうだ」
――たった数分の記憶を見ていたつもりが、現実では六時間。
会議室の空気が重く、張り詰めた。
「それだけじゃない」
篠原が続ける。
「意識が戻ったとき、玄関の扉が開いていた」
写真の中の玄関へ、宙は視線を落とした。
「最初から開いてたんじゃなくて?」
「本人は閉まっていたと証言してる。鍵も開けていないそうだよ」
篠原は薄く目を細める。
「まるで、家の中へ招き入れようとしているみたいだった――そう言ってる」
思わず、ごくりと喉を鳴らした。
「本人は怖くなって、その場から逃げた。その時点では体調不良か何かだと思われていたけど、一週間後に別の社員が現地を訪れて、ほぼ同じ現象を経験した」
今度は若い女性社員の写真を指さし、篠原が言う。
資料に書かれた記録によると、女性社員も男性社員同様、過去を追体験したという。内容は学生時代に起こした交通事故で、目が覚めたときには五時間が経過していたらしい。
「この女性も、家の中には入ってないんですね」
「入ってないよ。共通しているのは、門の内側へ入ったことだけだ」
篠原は腕を組んだ。
「異常が建物の外まで及んでいる可能性が高い。現時点ではⅡ級以上と見てる」
「Ⅱ級……」
宙は小さく繰り返した。
今まで担当してきた異失物は、全てⅢ級だった。Ⅱ級以上の異失物は本部預かりになるらしく、分駐所の保管室でも見たことはない。
「この調査は、記憶干渉型の異失物に詳しい久瀬くんにお願いしたいと思ってるんだけど、どうかな?」
「やります」
間髪入れずに久瀬が答える。まっすぐ篠原を見るその目に迷いはない。
記憶干渉型――とはいえ記憶を失うわけではないから、直接の関係はなさそうだけど、自分の記憶を失くさせた異失物について、同類型の異失物として何か情報が得られるかもしれない。
宙は気合いを入れて、握り拳を作った。
「Ⅱ級以上なんて、緊張しますね。頑張りましょう!」
笑顔を浮かべる宙に、久瀬が目を向ける。それから黙って視線を資料へ落とした。
「……いや。お前はこの調査に関わるな」
「え?」
「お前にはまだ早い」
思わずぽかんと口を開けて久瀬を見る。
「で、でも俺、久瀬さんのバディですよ? 一人で調査なんて駄目ですよね?」
助けを求めるように、篠原と浜松に尋ねる。けれど、二人が答えるより先に久瀬が口を開いた。
「だから今回は浜松さんと組んで調査する。お前は秋田と分駐所に待機して、通報があった異失物の調査にあたれ」
久瀬が言って、浜松に「いいですよね?」と確認を取る。
「まあ、俺は構わないが……」
浜松は後頭部を掻きながら、気遣うようにちらりと宙に視線を向けた。宙は焦って立ち上がり、久瀬に向き直る。
「ま……待ってください! 俺、できますから!」
「駄目だ」
久瀬は資料から顔も上げずに言う。
「何でですか? 記憶に関する異失物なら、俺がいた方が何か分かるかもしれないじゃないですか」
「今回は『かもしれない』で連れて行けるほど、甘い現場じゃない」
ぴしゃりと言われ、宙は言葉に詰まった。久瀬はようやく顔を上げて宙を見る。
「発動したら数時間動けなくなる。現象の途中で何が起きているのかも不明だ」
「だから調べるんでしょ?」
「俺と浜松さんがな」
「俺だって異管の人間です」
「インターンだ。俺たちとは立場が違う」
除け者にするような言い方にむっとして、宙は久瀬を睨んだ。久瀬は怯んだ様子もなく、淡々と続ける。
「お前はまだ自分の能力も把握できてないだろ」
「だから、それを調べるためにも――」
「三井」
低い声が遮った。
「足手まといだ」




