13
病院に着き、電話をかけると、西が受付まで迎えにきてくれた。宙たちの姿に気づき、手を上げる。けれど、その後ろに結城がいるのを見た瞬間、眉間に深い皺を寄せた。
「どうして結城さんが……」
険のある声だった。結城が顔を強張らせ、足を止める。
「面会は家族だけだと伝えたはずです。それに、娘が目を覚ましたばかりなのに――」
「あなた」
ふいに声がして、西の後ろへ目を向ける。エレベーターの方から早足でこちらへ歩いてくる女性。
西の妻――京子の母親だった。
「京子が、結城さんに会いたいって」
西が振り返る。
「京子が?」
「ええ。目が覚めて、最初に名前を呼んだの」
結城が息をのんだ。母親はそんな結城を見て、やわらかく微笑んだ。
「会ってあげてください」
「……いいんですか」
「京子が会いたがってるんですもの。お医者さんも、意識が戻ったから、短時間なら家族以外と面会してもいいって」
結城はしばらく何も言えずにいたが、やがて深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
西は何か言いたげに口を開いたものの、結局、黙って道を空けた。
病室のベッドでは、京子が上半身を起こしていた。顔色はまだ悪く、額にはガーゼが貼られている。
結城の姿を見た途端、その目が大きく揺れた。
「……凛」
「京子」
結城が駆け寄りかけて、途中で足を止める。
怪我をしている京子に、どう触れればいいのか分からないようだった。
京子はそんな結城を見つめ、小さく笑った。
「ごめんね」
結城の表情が固まる。
「ずっと、隠させて……ごめん。言うって約束してたのに、結局また言えなくて」
「……今は、そんなこといいよ」
「よくない」
京子は首を横に振った。
「凛ばっかり我慢させてた。私が勇気を出せなかったせいで」
声が震える。結城は唇を噛み、何も言わなかった。
京子は一度、深く息を吸った。
そして、病室の入り口に立つ両親を見る。
「お父さん、お母さん」
「……何だ」
西が戸惑ったように返す。
「私、凛と付き合ってるの」
病室が静まり返る。西は何度か瞬きをした。
「……付き合ってる? 結城さんと?」
西は結城と娘を交互に見る。
何を言われたのか、うまく理解できていないようだった。
「でも、お前は女だろ」
「うん」
「結城さんも……女性だよな」
「そうだよ」
「じゃあ、その……結城さんが、彼氏の役をしてるってことか?」
京子は一瞬きょとんとして、それから困ったように笑った。
「違うよ。……凛は凛だよ」
京子はまっすぐ父親を見る。
「男の人の代わりじゃない。彼氏役でもない。女性の凛が好きなの。凛が凛だから好きなの」
西は薄く口を開いたまま、黙り込んだ。
結城も黙っていた。緊張しているのか、身体の横で両手を強く握っている。
「……そう、なのか」
ようやく西が絞り出した声には、困惑が滲んでいた。
すぐには飲み込めない――そんな顔だった。
「結城さん」
そのとき、京子の母親が結城へ目を向けた。
「バーベキューは好き?」
「え?」
あまりにも唐突な質問に、結城が目を丸くする。
「京子が退院したら、一緒にうちに来ません?」
「お母さん?」
「庭でよくやるのよ。京子も好きでしょう?」
「う、うん」
母親は笑って、西の腕を軽く叩いた。
「お父さん、料理は全然駄目だけど、お肉を焼くのだけは上手なのよ。ね?」
突然話を振られ、西がぎこちなく妻を見る。
「……あ、ああ」
まだ困惑は残っている。
それでも、少し間を置いてから、結城の方を見た。
「……肉くらいなら、焼けます」
結城の目がわずかに潤む。
けれど今度は涙をこぼさず、小さく笑った。
「はい。ぜひ」
京子がほっとしたように息を吐く。
宙は久瀬と病室の外から、その光景を見つめていた。
何もかもが、解決したわけではない。西が結城たちの関係を、すぐにすべて理解できたわけでもないだろう。
それでも……友達だと偽る必要のない場所が、ひとつだけ増えた。
それで今は、十分なのかもしれない。
京子のブレスレットについても調査を終え、二つのブレスレットは、どちらも異失物として正式に管理されることになった。
後日、宙と久瀬は分駐所に結城と京子を呼び、そのことを伝えた。
異失物になった以上、たとえ元の持ち主であっても返却することはできない。
「……どうしても、返してもらえないんですか?」
京子が諦めきれない様子で尋ねる。その隣に座る結城も、「身に着けないで、自宅に保管しますから」と食い下がる。
二年前、韓国で二人一緒に選んだブレスレットだ。
相手のイニシャルと、自分の誕生石を入れた、二人にとって特別なものだった。
簡単に諦められないのも当然だろう。
久瀬は、異失物になった二つのブレスレットが今後どんな現象を起こすか分からないこと、二人にそのつもりがなくとも、誤って誰かが身に着ければ危険が及ぶ可能性があることを、時間をかけて説明した。
最後には二人とも納得し、書類にサインをしてくれた。
「残念だけど……また新しく、お揃いで何か買おっか」
分駐所の外まで見送ると、京子が少し寂しそうに笑って言った。その隣で結城が小さく息を吐く。
「じゃあ、今度は指輪にしようか」
「え?」
「ブレスレットの代わり。お揃いの」
京子は目を丸くしたあと、ふっと頬を緩めた。
「いいね」
「今度は失くさないようにしないと」
「ずっと着けてれば、失くさないよ」
二人は顔を見合わせ、笑った。
見送りを終えると、久瀬と一緒にブレスレットを分駐所の地下にある第一保管室へ収容する。ずらりと並んだ暗証番号付きのロッカーの一つを開けると、二つのブレスレットが並んだ保管ケースを置く。
このブレスレットが二人の手首に戻ることは、もうない。
それでも、これが二人にとって最後の特別な物になるわけではないのだ。
手を繋ぎ、駅までの道を歩いていった二人の背中を思い出しながら、宙はそっとロッカーの扉を閉めた。




