12
それから三十分ほどたった頃だろうか。植え込みのツツジの根元に、きらりと光るものが見えた。
「……あ」
葉を掻き分ける。土と枯れ葉の間に、細い金色の輪が落ちていた。
「あった!」
反射的に手を伸ばす。指先がブレスレットに触れた――その瞬間だった。
視界が大きく揺れ、気づくと宙は夕日に染まった部屋の中にいた。二人掛けのソファに座る自分の隣には、部屋着姿でくつろいだ様子の結城がいる。
「あー、明日から会社なんて考えたくない」
「長期休暇のあとは辛いよね」
笑いながら、慰めるように頭を撫でる。結城はそっと肩にもたれかかってきて、宙の――京子の手に、自分の手を重ねた。その腕には、お揃いの金色のブレスレットが光っている。
「旅行、楽しかったね」
「……うん」
どちらからともなく、指を絡め、ぎゅっと握りしめる。
「ずっと一緒にいようね」
囁くような声に、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。幸せで、胸がいっぱいで。このまま時が止まればいいのにと……そう願わずにはいられなかった。
瞬きをすると、目の前の景色が戻っていた。照りつける日差しと、雑草の伸びた植え込み。
手の中には、土に汚れたブレスレットがある。内側には『R.Y』という刻印と、小さな桃色の石が埋め込まれている。
「見つかったのか」
久瀬が汗を拭いながら、こちらへ歩いてくる。宙は久瀬にブレスレットを渡し、今見たものをかいつまんで話した。
「とりあえず、ブレスレットが見つかったって、結城さんに言わないと」
「待て」
走り出そうとした宙を、久瀬が止める。
「触れて記憶が見えたなら、異失物になっている可能性がある」
「あ……」
「まだ彼女には言うな。一度持ち帰って調べる」
久瀬は背負っていたリュックを下ろし、保管袋を取り出した。
――そうだ。異失物になった物は、持ち主に返せないのだ。
たとえ、それがどんなに大切なものであったとしても。
袋に入れたブレスレットをリュックへ仕舞う久瀬を、複雑な気持ちで見つめる。
それからほどなくして、結城が休憩から戻ってきた。
「ブレスレット、ありませんでしたか?」
「……すみません」
なかったとも言いづらく、誤魔化すように謝る。結城は見つからなかったのだと受け取ったようで、「そうですか」と少し残念そうに眉尻を下げた。
胸がちくりと痛み、思わず視線を落とす。そんな宙を一瞥し、久瀬が一歩前へ進み出た。
「俺たちはここで失礼します。結城さんのブレスレットは、まだ返却できませんが、追って連絡しますので」
「分かりました。よろしくお願いします」
結城が深々と頭を下げる。
けれど、彼女のブレスレットも異失物である以上、返すことはできない。
踵を返そうとする久瀬の横で、宙は両手を握りしめ、「あの」と口を開いた。
「結城さんも帰りませんか? 今日は暑いし、日差しも強いし……」
宙の言葉に、結城は目を瞬き、小さく笑った。
「ありがとうございます。でも……私は、もう少しだけ探してから帰ります」
首を横に振る結城に、宙は何も言えなくなる。久瀬はすでに歩き出していた。
宙もそのあとを追おうとして、もう一度だけ振り返る。
結城はまたしゃがみ込み、植え込みの中を覗いていた。
本当はもう、探しているものは見つかっているのに。
そう思うと、ひどく後ろ髪を引かれた。
「三井」
「……はい」
仕方なく久瀬のあとを追う。――そのときだった。
久瀬のスマートフォンが鳴った。画面を確認した久瀬が、足を止める。
「西さんだ」
電話に出る。短いやり取りのあと、久瀬がわずかに目を見開いた。
「……分かりました」
通話を切る。
「どうしたんですか?」
「西京子が目を覚ましたそうだ」
「えっ!」
宙が声を上げる。
少し離れた場所にいた結城も、その言葉を聞いたらしい。ゆっくりと顔を上げた。
「……京子が?」
久瀬が頷く。
「意識が戻ったそうです」
結城は呆然と久瀬の顔を見つめた。それから、張り詰めていたものが切れたように顔を歪める。
「……よかった」
絞り出した声は、震えていた。
「よかった……」
目元を押さえるより先に、涙が頬を伝う。宙はその姿を見つめた。
炎天下のなか、一人でブレスレットを探し続けていた結城。さっき触れたブレスレットに残っていた記憶。
気づけば、口が動いていた。
「結城さん」
結城が涙の滲んだ目を向ける。
「一緒に行きましょう」
「……え?」
「京子さんのところ。会いに行きましょう」
「おい。西さんも病院にいるんだぞ」
久瀬が顔をしかめ、小声でたしなめる。宙は笑顔で久瀬に答えた。
「大丈夫ですよ」
「何がだ」
訝しがる久瀬を「まあまあ」と宥め、結城を連れて車へ移動する。
根拠なんて何もない。これは単なる自分の願望なのかもしれない。
ただ、記憶の中で感じた胸の痛みと繋いだ手のぬくもりが、宙の背中を押していた。
二人なら、きっと大丈夫だと。




