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「――三井」
肩を掴まれ、宙は息をのんで顔を上げた。目の前に、久瀬の顔がある。いつの間にか、浜松と秋田も宙の席に集まってきて、心配そうにこちらを覗き込んでいた。
宙は何度か瞬きをして、ブレスレットに触れていた手を離した。
「大丈夫か」
「はい」
答えながら、今見た光景を頭の中で反芻する。
「見えました。……結城さんと、京子さん」
宙は、駅前で二人が言い争っていたことを話した。
京子が嘘をついたことを、結城が責めていたこと。京子が誰かに二人の関係を『友達』だと説明していたこと。
「じゃあ……西さんが見た喧嘩って、それだったのかな」
秋田が神妙な顔で呟く。
「たぶん。結城さんが京子さんの腕を掴んでたのも見えました」
宙は保管ケースの中のブレスレットへ視線を落とす。
「それと……今回見えたのは、結城さん側の記憶でした。俺が結城さんの目で京子さんを見てたっていうか」
「なら、この異失物に強い感情を残したのは、結城凛と考えるのが自然だな」
浜松の言葉に、久瀬も頷く。
「はい。少なくとも、現時点ではそう考えるのが妥当です」
「でも、このブレスレット、京子さんのですよね?」
宙はケース越しに、内側の刻印を指さした。
イニシャルは『K.N』。西京子と一致する。
「持ち主は京子さん。でも、異失物になった原因は結城さん……?」
滝山俊樹のスマートフォンの事例を思い出しつつ宙が言うと、久瀬が「いや」と口を挟む。保管ケースを引き寄せると、ブレスレットを裏返すように傾ける。
「この石を覚えてるか」
内側に埋め込まれた、小さな紫色の石。
「アメシスト……でしたっけ?」
「そうだ。アメシストは、二月の誕生石」
久瀬はパソコンを操作し、京子のSNSを開いた。
画面に表示されたのは、二月に投稿された一枚の写真だった。
『Happy birthday 凛!』
小さなホールケーキを前に笑う、京子と結城。
「二月は結城凛の誕生月だ。他の投稿を確認したところ、西京子の誕生月は四月だった」
「四月? 四月の誕生石って何でしたっけ?」
「『Claire』で選べる四月の誕生石はダイヤモンドとモルガナイト」
検索エンジンのタブを切り替え、『Claire』のサイトに掲載された誕生石の早見表を表示させる。
ダイヤモンドもモルガナイトも、アメシストとは全く違う色の石だ。
宙はブレスレットへ目を落とした。刻まれているのは、京子のイニシャル。
けれど、選ばれているのは、凛の誕生石。
「どういうことだ?」
「めっちゃ仲がいいってこと? でも――」
「三井くんが見た記憶では、結城さん、『私たち友達なんかじゃない』って言ってたんだよね?」
それまで黙って会話を聞いていた秋田が、静かに尋ねる。
「はい。それに、京子さんが誰かに二人のことを『友達』って説明したのを、怒ってて……」
宙はもう一度、ブレスレットへ目を落とした。
京子のイニシャル。そのそばに埋め込まれた、凛の誕生石。
二年前、二人で選んだお揃いのブレスレット。
そして――『私たち、友達なんかじゃない』。
ばらばらだった言葉が、不意に一つに繋がった。
「もしかして、二人って――」
戸田から結城の電話番号を聞き、さっそく連絡を取った。
「ブレスレットについて、確認したいことがあります」
そう伝えると、結城は今いる場所を教えてくれた。送られてきた位置情報を頼りに、久瀬と車で向かう。
結城がいたのは、西京子が事故に遭った現場だった。炎天下のなか、眩しそうに目を細めながら、道路脇の植え込みや側溝をひとつひとつ覗き込んでいる。
「結城さん」
「……こんにちは」
宙たちが頭を下げると、結城は被っていた黒いキャップを脱いで会釈する。
いつからここにいるのだろう。結城の髪は汗で頬や首筋に貼り付いている。
「京子さんのブレスレットを探してるんですか?」
久瀬が結城のそばへ歩いていき、尋ねる。結城は驚いたように目を見開いた。
「どうして……」
「このブレスレット、京子さんの物だと仰ってましたが、本当は結城さんのものですよね」
ケースに入ったブレスレットを差し出し、結城に見せる。結城は久瀬の手の中にあるブレスレットを見つめ、静かに頷いた。
「……はい。それは私のブレスレットです。でも、京子のブレスレットも失くなったって知って、見つけてあげたくて」
結城はそう言うと、再び道路脇の植え込みへ視線を落とした。
「事故のときに落とした可能性が高いと思うんです。駅で会ったときは、ブレスレットをしてたから」
手の甲で額の汗を拭い、結城はキャップを被った。一秒でも時間が惜しい、というように、再び植え込みの中を探し始める。
「結城さん、今日は何時から探してるんですか?」
「たしか……朝の七時くらいからですけど」
「もうすぐ十二時になるし、いったんお昼休憩にしたらどうです? その間、俺たちが探してるんで」
「え?」
驚いたように、結城が顔を上げる。宙はにっと笑みを浮かべた。
「結城さんが熱中症で倒れたりなんかしたら、京子さんも悲しみますよ」
結城は戸惑ったように久瀬を見る。久瀬は小さく息を吐いた。
「……一時間程度でよければ、探します」
「よっし、その間に絶対見つけるぞ!」
宙は握り拳を振り上げ、さっそくすぐそばの植え込みを探そうとした。そんな宙の首根っこを掴んで久瀬が止め、結城からすでに探し終えた範囲を聞く。今いる辺りはあらかた探したあとらしく、宙と久瀬はまだ結城の探していない、事故現場から少し離れた場所を探すことになった。
近くのカフェへ向かった結城を見送ると、さっそく久瀬と手分けして探し始める。
歩道脇の植え込み。ガードレールの下。排水溝の隙間。
真夏の日差しが容赦なく照りつけ、ほんの数分で額から汗が流れ落ちてくる。
「あっつ……」
しゃがみ込んだまま、シャツの襟元を引っ張る。
こんな中、結城は何時間もブレスレットを探していたのだ。西京子のために。




