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何か言いかけた、そのとき。久瀬のスマートフォンが着信音を響かせた。
久瀬はすぐに電話に出ると、店先から少し離れていく。宙が会計を済ませ、レモネードを受け取る頃には、通話は終わっていた。
「誰からでした?」
「西さんからだ。結城さんが病院に来ていたらしい」
思わず目を瞬く。
「京子さんのところに?」
「ああ。身内ではないから面会はできないと伝えていたそうだが、それでも病院まで来たらしい。西さんは、やはり結城さんは怪しいと言っている」
「……病院、行ってみます?」
「面会時間は十八時までだ。今から行っても間に合わない」
久瀬の言葉に、宙は「そっか」とストローを咥えた。冷たいレモネードを一口飲む。甘さは控えめで、爽やかな酸味が乾いた喉を潤してくれる。
「そういえば、ブレスレット、西さんが思ってたような高価な物じゃなかったですね」
京子はブレスレットを『宝物』だと言って、とても大切にしていた。だから西は高価な物だと誤解したわけだが――。
「でも、宝物って値段が高いから宝物になるわけじゃないですもんね」
「……まあな」
「俺の犬パジャマだってめちゃくちゃ安物ですけど、宝物ですし」
「あれと一緒にするな」
「えー。高校の文化祭の思い出が詰まってるんですよ? ミニマリストの久瀬さんには分かんないでしょうけど」
「俺はミニマリストじゃない」
「そのつもりなくても、結果的ミニマリストですよ」
「何だ、結果的ミニマリストって」
久瀬が顔をしかめる。宙は笑いながら、カップの中の氷をストローでくるくるとかき混ぜた。
「誰にもらったとか、どこで買ったとか。そういう思い出の方が、値段より大事だったりするじゃないですか」
何気なく口にした言葉だった。
けれど、言い終えたあとで、ふと胸の奥に引っかかるものがあった。
――自分には、そういう思い出が少ないからだろうか。
記憶が欠けている自分にとって、思い出を重ねられる物はあまり多くない。だから、少しだけ……羨ましいと思ってしまうのかもしれない。
翌朝、分駐所に着いてすぐ、西京子の事故の捜査が終わったことを知らされた。捜査が終わり次第、こちらに連絡がくるよう久瀬が頼んでいたらしい。
事故が起きたのは、三日前の午後七時過ぎ。場所は、西が二人の口論を目撃した駅からほど近い交差点だった。
京子は横断歩道を渡っている途中、右折してきた乗用車にはねられている。運転手はその場で通報し、目撃者も複数いた。
故意に京子をはねたと疑うような事情は確認されず、事故現場に、結城凛の姿もなかったそうだ。
「じゃあ、結城さんは事故と完全に無関係だったんですね」
久瀬のパソコンを横から覗き込みながら、宙は呟いた。
「ああ。少なくとも、事故を目撃したという証言はない。周辺の防犯カメラにも、それらしい姿は映っていない」
「でも、それならなんで結城さんは西さんに嘘ついたんだろう……」
事故のあと、結城は京子と会えていない。それなのに結城は、西が現れたあと『京子のブレスレットを探していた』と説明した。
宙は腕を組んだ。
「やっぱり、分かんないな……」
「そうだな」
久瀬は短く答えると、デスクの端に置かれた保管ケースへ視線を移した。
中には、細い金色のブレスレットが収められている。
しばらくそれを見つめたあと、久瀬は口を開いた。
「三井」
「はい?」
「触ってみるか」
思いがけない言葉に、宙は目を丸くした。
「いいんですか?」
「装着はするな。触れるだけだ」
「分かってますって」
「前科がある奴の『分かってる』は信用できない」
じろりと睨まれ、宙は首をすくめた。以前、勝手に異失物を触りに行って閉暗所恐怖症で過呼吸を起こしたときのことを言っているのだろう。
「あれ以来、ちゃんと久瀬さんの言うこと聞いていい子にしてるじゃないですか〜」
「どこがいい子だ。リビングを片付けてから言え」
久瀬は保管ケースを引き寄せる。
「異常を感じたら、すぐに手を離せ。俺が止めろと言った場合もだ」
「はい」
念を押してから、久瀬はケースの蓋を開けた。
宙は一度、深く息を吸う。
ブレスレットへ手を伸ばし、指先でそっと触れた。
瞬間――視界がぶれる。
何度か瞬きすると、宙は駅前に立っていた。
夕方の空はまだ明るく、むっとするような熱気が肌にまとわりついている。
目の前に、京子がいた。
昨日、写真で見た穏やかな笑顔とは違う。眉を寄せ、何かを堪えるように唇を引き結んでいる。
「何でまた嘘ついたの?」
責めるような声が自分の口から溢れる。
「言うって約束したでしょ」
「……ごめん」
小さな声で、京子が返す。
「でも、やっぱり無理だよ。まだ」
宙の意思とは関係なく、視界がわずかに下がった。
「まだって、いつまで?」
「……分からない」
京子の言葉に、握りしめていた拳に力を込める。
「また『友達です』って言ったよね」
宙の――結城の声は震えていた。胸の奥がじくじくと痛む。
「いつまで嘘つけばいいの?」
「――っ、私だって嘘なんてつきたくないよ!」
一歩、京子に近づく。手を伸ばし、彼女の腕を掴んだ。
「凛……」
「私たち、友達なんかじゃないのに」
京子が周りの目を気にするように、さっと周囲に視線をやる。
「……恥ずかしい? 私とのこと、知られるの」
「ちが――」
「違わないでしょ!」
思わず声を荒らげる。京子が傷ついたような顔をした。
その表情を見た瞬間、胸の奥に後悔が押し寄せたが、もう言葉を戻すことはできない。
「……私たちのこと」
結城は掴んでいた京子の腕を、そっと離す。
「なかったことにしないでよ」




