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「ブレスレット、二個あったんですね」
Claireの代表にお礼を言って別れたあと、エスカレーターで一階へ降りながら、宙は呟いた。二段下に立つ久瀬が振り返ってこちらを見上げる。
「ってことは、結城さんも京子さんも、それぞれ自分のブレスレットを失くしてたってこと?」
結城は四日前にブレスレットを失くしたと言っていた。一方、西は、三日前――事故の直前まで京子がブレスレットを身に着けていたと話している。
同じブレスレットが二つあったのなら、二人の証言は矛盾しない。
「西さんが前に見たのも、京子さんのじゃなくて、結城さん自身のブレスレットだったのかも」
「ああ。その可能性は高いな」
エスカレーターの手すりにもたれ、久瀬が頷く。
西は、結城が京子の大切なブレスレットを勝手に身に着けていたと疑っていた。だが、お揃いのものを二人とも持っていたのなら、見間違えていても不思議ではない。
「じゃあ、結城さんが京子さんのブレスレットを欲しがってたっていうのも、西さんの勘違い?」
「少なくとも、その推測を裏付けるものはなくなった」
宙は少し肩の力を抜いた。
「なんだ。じゃあ、本当は二人とも仲良しで、全部西さんの思い込みだったってことですね」
「そうとも限らない」
「え?」
久瀬は保管ケースの中のブレスレットへ視線を落とした。
「結城が自分のブレスレットを本当に失くしているかは、まだ確認できていない」
「あ……」
確かに、そう話したのは結城本人だけだ。
「それに、このブレスレットについても、まだ分からないことがある」
「分からないこと?」
久瀬は答えず、ケース越しにブレスレットの内側を見つめる。
小さく刻まれた『K.N』の文字。そのそばには、紫色の石が埋め込まれている。
「……久瀬さん?」
「いや。まだ何とも言えない」
それ以上は話さず、久瀬はケースを閉じた。
「ただ、結城が交番で嘘をついたことは事実だ。ブレスレットは自分のものだと言っていたが、西が来てから、京子のものだと証言を変えた」
「それに、西さんが来たら逃げるみたいに帰っちゃいましたよね」
「ああ」
Claireの代表が見たのは、事故の一週間半前だ。そのとき仲が良さそうに見えたからといって、事故の直前まで同じだったとは限らない。
「何より、あのブレスレットは異失物になっている」
「……嘘をつこうとすると、声が出なくなる」
「そうだ。少なくとも、ただ仲が良かったというだけでは、この怪異が生まれた理由を説明できない」
二年前、二人は笑顔でお揃いのブレスレットを選んだ。事故の一週間半前にも、Claireの代表には仲の良い二人に見えていた。
それでも――その間に何もなかったとは限らない。
「仲が良かったことと、何かを隠していたことは両立する」
久瀬の言葉に、宙はもう一度、ケースの中のブレスレットを見つめた。
デパートを出ると、夕方とは思えないほどの熱気がまとわりついてくる。冷房の効いた館内にいたせいか、よけいに暑く感じた。
「あっつ……今日、暑すぎません? 喉乾いた〜」
Tシャツの胸元をぱたぱたと扇ぎながら歩いていると、通り沿いにレモネードのスタンドを見つけた。
「あ、レモネード売ってる! 久瀬さん、ちょっと買ってきていいですか?」
「好きにしろ」
「久瀬さんも飲む?」
「いらない」
「あとで一口欲しいって言ってもあげませんからね!」
そう言い残し、宙は店へ駆け寄った。
「すみません、レモネード一つ――」
「……仁科?」
注文しかけたところで、カウンターの向こうにいた店員が目を見開いた。
宙と同じくらいの歳だろうか。日焼けした体格のいい男が、驚いた顔でこちらを見つめている。
「え?」
男は確かめるように宙の顔を覗き込んだ。
「仁科だよな? 仁科宙」
聞き慣れない――けれど、知っている名字だった。
宙は何度か瞬きをした。
「あー……ごめん。どっかで会ったことある?」
そう尋ねると、男の表情がわずかに曇った。
「森下勇次だよ。……覚えてない? 小一から小四までずっと仁科と同じクラスだったんだけど」
――森下勇次。
頭の中で反芻するが、何も浮かんでこない。
いつの間にか追いついてきていた久瀬が、宙の隣で足を止めた。
「……仁科?」
怪訝そうな、久瀬の声。宙は振り返り、へらっと笑った。
「昔の名字です。……俺、養子縁組してるんで」
それから、店員――森下の方へ向き直る。
「やー、まじでごめん! 思い出せない。てか、小一から小四まで一緒ってすごい確率だな」
「まあ、俺らの学年二クラスしかなかったし……」
「あー……そうだっけ?」
後頭部を掻いて笑う宙に、森下は困ったように眉を下げる。
「仁科、まだ記憶戻ってないんだな」
宙の笑顔が、一瞬だけ固まる。
「小四のときだっけ……お前、事故に遭っただろ。しばらく学校にも来なくなってさ」
森下は当時を思い出すように、視線を落とす。
「戻ってきたとき、俺らのこと全然覚えてなかったし。その後すぐ転校したから、クラスでも結構……」
そこまで言って、森下ははっと口を閉じた。宙の隣に立つ久瀬を、ちらりと見る。
「……ごめん。言わない方がよかったか」
「いや」
宙はすぐに笑って首を振った。
「いいよ。事実だし」
軽い調子で答えてみせる。
「それより、ごめんなー。ほんとに覚えてなくて」
「いや……俺こそ急に声掛けて悪かった」
森下は少し寂しそうに笑ったあと、「レモネードだったよな」とカップを手に取った。
隣を見ると、久瀬は何も言わず、じっと宙を見ていた。
「……何ですか?」
「いや」
短く答え、久瀬は視線を逸らした。その横顔が、いつもより少しだけ険しく見える。
「三井――」




