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8

 新宿駅の改札を出た時点で、時刻はすでに十六時四十分を回っていた。

「こっちです!」

 スマートフォンの地図を確認しながら、宙は人混みを縫うように走る。

「おい、ちゃんと前見ろ」

「大丈夫で――うわっ!?」

 改札から飛び出してきた中学生くらいの集団とぶつかり、よろめいた拍子に、その場に膝をつく。

「うっ……ここは俺に任せて、久瀬さんは先に行ってください……」

「くだらないこと言ってないで、さっさと立て。急ぐぞ」

 強引に腕を引かれ、めそめそと泣き言を言いながらも、再び走り出す。

 デパートに駆け込み、エスカレーターを上がって目的のフロアに辿り着いた頃には、十七時まで残り十分を切っていた。

「Claire……Claire……あった!」

 フロアの一角に、小さなポップアップショップが設けられていた。白を基調としたオープンラックには、華奢なリングやネックレス、ブレスレットが整然と並んでいる。

 店内には数人の客がいた。その奥で、スタッフらしき女性が私物をまとめ、帰り支度をしている。

「あの、すみません!」

 宙が声を掛けると、女性が顔を上げた。

「今日、ブランドの代表の方がいらっしゃると聞いたんですけど……」

「あ、私です」

 答えたのは、三十代くらいの女性だった。自然な日本語だが、僅かに外国人らしいイントネーションがある。

 宙は思わず久瀬を見る。久瀬は軽く会釈すると、手帳を見せた。

「警察です。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか」

 女性は驚いたように目を見開いたものの、すぐに頷いた。

「はい。大丈夫です」

「二年前、韓国でこちらのブレスレットを購入した女性について調べています」

 久瀬は保管ケースからブレスレットを取り出し、袋越しに見せた。続いて宙が、京子の写真を表示させたスマートフォンを差し出す。

「この人に見覚えありませんか?」

 女性は画面を覗き込み――すぐに「あ」と声を上げた。

「知ってます。この方」

「本当ですか?」

「はい。二年前、韓国でポップアップショップをやったときに来てくれました。日本人のお客さんは、この方たちが初めてで」

「この方『たち』?」

 宙は聞き返した。女性は頷く。

「二人で買いに来てくれたんです。ルームシェアしてるんだって言ってましたよ」

 宙は思わず久瀬と顔を見合わせた。久瀬はスマートフォンを操作し、京子のSNSから結城が写っている写真を選んで表示する。

「もしかして、一緒にいたのはこちらの女性ですか?」

「あ、そうです。この人です」

 迷う様子もなく、女性が頷いた。

「二人とも、ブレスレットを買ったんですか?」

「はい。同じデザインのものを注文してくれました」

 女性は保管袋の中の細い金色のバングルへ視線を落とす。

 価格を聞くと、誕生石と刻印を入れるサービス込みで二万円だという。決して安くはないが、西が想像していたような高価な宝飾品というわけでもない。

「これ、セミオーダーなんです。誕生石と刻印を選べるようになっていて」

 女性は「ちょっと待っていてください」とレジの方へ歩いていき、ラミネートされた一枚の紙を手に戻ってきた。宙は久瀬と一緒にそれを覗き込む。

「これが月ごとの誕生石です。この中から、どれでも好きな石を選べます」

「わー、誕生石って色々あるんですね」

 ひと月あたり、二、三個の宝石が割り当てられている。

 思わず自分の誕生石を確認する宙の横で、久瀬はブレスレットの内側を見せながら尋ねた。

「このブレスレットの石はどれですか?」

「この石は二月の誕生石、アメシストですね」

「二月……」

 ぽつりと久瀬が呟く。

「もう一つのブレスレットも、同じように誕生石とイニシャルを入れたものでしたか?」

「はい。どの誕生石だったかは忘れてしまったんですが……」

 女性は懐かしむように微笑んだ。

「ブレスレットのデザインを決めるときも、シルバーとゴールドどっちにする、とか二人でずっと相談していて、すごく仲が良さそうでした」

「そうだったんですね……」

 ということは、もともとお揃いにするつもりで注文していたということか。

 宙はますます分からなくなって、眉間に皺を寄せた。

「日本でポップアップショップをやるようになってからも、何度か二人で来てくれたんですよ」

「この二人が?」

 女性の言葉に、宙は目を瞬いた。

「はい。今回も初日に来てくれました。それもあって、顔を覚えてたんです」

 女性はにこにこと笑って答える。

「相変わらず、仲良さそうでした。久しぶりに会えて、私も嬉しかったですよ」

 宙は困惑して女性の顔を見つめた。

 事故の直前、二人は激しく言い争っていた。西は、結城が京子の大切なブレスレットを欲しがっていたのではないかと疑っている。

 けれど――二人は二年前、同じ店で、お揃いのブレスレットを注文していた。

 しかも、ポップアップショップの初日――事故の一週間半前にも、二人揃ってこの店を訪れている。

 宙は隣の久瀬を見る。久瀬は黙ったまま、何か考えるようにブレスレットを見つめていた。

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