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西には異失物について詳しいことは説明せず、ブレスレットは調査のため現時点では返却できないと伝えてある。「結城さんに渡すつもりなんじゃないのか」と疑われ、一悶着あったものの、なんとか納得してもらい、連絡先だけ聞いて帰ってもらった。
「これ、実は殺人未遂事件だったりするんですかね」
宙もシートベルトを締めながら尋ねる。
「事故現場、見に行ってみます?」
「行ってどうする。事故があったのは三日も前だぞ」
久瀬がため息混じりに答える。
「俺たちは刑事じゃない。事故については、担当の警察官が捜査する。俺たちの仕事は、異失物を調べることだ」
久瀬がエンジンをかけ、車を発進させる。宙は首をすくめ、「はーい」と返事をした。
「じゃあ、結城さんに話を聞きに行きます?」
「あの様子じゃ、今行っても素直に話すとは思えない。まずは、このブレスレットについてもう少し情報を集める」
「情報って言っても……」
宙は腕を組んで考える。
「持ち主の京子さんは、まだ意識戻ってないんですよね?」
「ああ」
ブレスレットの購入先については、西も知らなかった。二年ほど前から京子が身に着けていたそうだが、どこで、いつ購入したものなのかまでは聞いていないという。
「うーん……」
宙は唸りながら、ぼんやりとフロントガラスの向こうを眺める。
夏休み中だからか、街には学生らしき若者の姿が多い。顔を寄せ合い、スマートフォンで写真を撮る女の子たちが目に入り――宙は、はっとした。
「京子さん、インスタとかやってないですかね?」
「インスタ?」
「ほら、買った物とか、お気に入りの物を写真に撮って載せる人いるじゃないですか。このブレスレット、本当にずっと大事にしてたなら、買ったときに写真くらい投稿してるかも」
「……なるほど」
分駐所に着き、駐車場に車を停めると、久瀬はポケットからスマートフォンを取り出した。
「西さんに聞いてみる」
「俺、ナイスアイデアじゃないですか?」
「まだ店が特定できたわけじゃない」
「特定できたら褒めてくださいね」
スマートフォンを操作する久瀬の顔を覗き込み、ウィンクしてみせる。久瀬は宙を一瞥もせず、そのまま通話ボタンを押した。
西に電話を掛けたところ、京子がSNSを利用しているかどうかは知らなかったが、妹なら分かるかもしれないという。
オフィスに戻り、浜松たちに情報を共有しつつ、宙たちは折り返しの連絡を待った。
昼食を挟み、数時間が経った頃。西から連絡が入った。
「……インスタをやっているそうだ」
電話を切った久瀬が言う。
「妹がアカウントを知っていた。今、送ってもらう」
「ほら! 俺、名探偵!」
「まだアカウントを見つけただけだ」
呆れたように久瀬が言う。
そのとき、久瀬のスマートフォンがメッセージの着信を知らせた。さっそくアカウントが送られてきたのだろう。
久瀬は画面を確認すると、すぐにパソコンを開いた。宙と浜松、秋田も久瀬の席に集まり、画面を覗き込む。
「あ、この人が西京子さんで、こっちが結城凛さんです」
今年の二月まで投稿を遡ったところで、二人が写っている写真を見つけ、宙は画面を指さした。
『Happy birthday 凛!』
そんな文字と一緒に投稿された写真には、小さなホールケーキを前に笑顔を浮かべる二人が写っている。
浜松は後頭部を掻きながら、小首を傾げた。
「仲良さそうに見えるけどなぁ」
「でも、一緒に暮らしてるわりに、結城さんと写ってる写真が全然ないですね」
京子一人の自撮りや、友人らしき女性たちとの写真はたくさんある。それなのに、結城の姿は半年前まで遡って、ようやく一枚見つかっただけだ。
「一緒に暮らしてたら、逆にわざわざ撮らないんじゃない? ほら、三井くんと久瀬さんも写真撮らないでしょ」
「一緒に暮らしてなかったとしても、こいつと写真なんて撮らない」
秋田の言葉にじと目で返し、久瀬はさらに投稿を遡っていく。二年前まで遡ったところで、宙は「あ!」と声を上げた。
「ブレスレット! これじゃないですか!?」
投稿された写真には、ショップバッグと金のバングル、ベロア生地のジュエリーケースが写っている。
久瀬がリュックから取り出したブレスレットと見比べてみるが、同じものに見える。
宙はにこにこと笑って久瀬を見た。
「褒めてくれる約束は?」
「了承した覚えはない」
素っ気なく答えて、久瀬は投稿をクリックする。
『韓国旅行二日目! 念願のClaireさんで購入』
「韓国の店なのか? 検索に引っかからないわけだな」
投稿された文を読み、浜松が呟く。その横で秋田が「んんー?」と眉間に皺を寄せ、画面に顔を近づけた。
「秋田さん? どうかしまし――」
「ああっ! 思い出した!」
不意に目を見開き、秋田が声を上げる。
「このショップバッグ、見たことある気がしたんです! 二、三年前にSNSでバズった、韓国のハンドメイドショップですよ! 個人でやってるお店で、常設の店舗はないんですけど、たまにポップアップショップをやってるんです」
「ブランド名で気づかなかったのか?」
「だって、く……くりやー? って読めないし、こんな感じのブランド名なんてたくさんあるし……」
「クレア、もしくはクレール」
お前もか、という目で久瀬が秋田を見る。秋田は訂正を無視して、ポケットからスマートフォンを取り出すと、さっそくショップについて調べ始めた。
その様子を見ながら、浜松が腕を組む。
「二年前となると、店側が購入者を覚えている可能性は低いだろうが……念のため、そのク……クレーアー? とやらに確認は取りたいな」
「ク……いや、もういいです」
訂正しかけた久瀬が、諦めたようにため息をつく。
「確認って、どうするんですか? 通販サイトの問い合わせ窓口から連絡するとか?」
「お前がサイトの運営者だとして、『警察です。二年前の購入者について教えてください』とメールが来たらどうする?」
「詐欺だと思って無視しますね」
「分かってるなら言うな」
久瀬がこちらを睨み、椅子の背にもたれる。
「購入者の記録まで正式に照会するなら、韓国当局を通す必要がある。すぐに返事が来るような話じゃないし、現時点ではあまり現実的じゃないな。旅行の同行者を探すなり、先に別の手段を――」
「あっ!」
突然、秋田が大きな声を上げる。
三人の視線が一斉に集まった。
「二週間前から、日本で期間限定のポップアップショップやってるみたいですよ」
「え! マジですか!?」
「場所は?」
「えーっと……新宿のデパートです」
秋田はスマートフォンの画面をスクロールしながら、さらに目を見開いた。
「ポップアップ自体は明日までですけど、ブランドの代表が店頭に立つのは今日の十七時までみたいです」
「今日!? 今何時ですか?」
宙は慌てて壁の時計を見る。十六時十分――間に合うかどうか、かなり微妙な時間だ。
「車より電車の方が早い」
久瀬はすぐに立ち上がり、机の上のブレスレットを保管ケースへ戻す。
「行くぞ、三井」
「はい!」
宙もショルダーバッグを掴み、久瀬の後を追ってオフィスを飛び出した。




