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宙は息を詰めた。
「事故って、どんな……?」
「駅の近くで、車と接触したんです。詳しいことは警察が調べている最中ですが、事故の数時間前……私は、京子と結城さんが言い争っているところを見ました」
「二人が?」
「ええ。娘たちが住んでいる部屋は、うちからそれほど遠くありません。たまたま近くを通りかかったとき、駅前で二人が話していて……かなり険悪な様子でした」
西は息をつき、片手で額を押さえる。
「京子はもともと、あまり感情を荒らげるような子じゃないんです。それなのに、あのときは明らかに怒っていた。結城さんも娘の腕を掴んでいて……気にはなりました。でも、その後すぐに二人は別れてどこかへ行ってしまって。私もそのまま帰ってしまったんです」
「その後、京子さんが事故に?」
「はい」
西の拳に、ぎゅっと力がこもる。
「……今思えば、もっと早く気づくべきだったんです。京子は、結城さんと暮らすようになってから、ほとんど実家に帰ってこなくなりました」
「それは一人暮らしを始めたら、普通のことじゃ――」
「それだけじゃないんです」
宙の言葉を遮り、西が強い口調で言った。
「電話をしても、何を聞いても『大丈夫』としか言わなくなったんです。ちゃんと生活できているのか、困っていることはないのかと聞いても……いつも『大丈夫』だと」
宙は口を閉ざした。
「最近は、何か悩んでいるようにも見えました。けれど、聞いても何も話してくれない。……私はずっと、結城さんとの生活で何かあったんじゃないかと思っていました」
「でも、それだけで結城さんが京子さんを傷つけたと決めつけるのは……」
「だから、それだけじゃないと言ってるでしょう!」
西が声を荒らげる。しかし、すぐに我に返ったように「すみません」と小さく謝った。
「……以前、偶然、結城さんを街で見かけたことがあります。そのとき、彼女は娘のブレスレットを着けていたんです」
「これを?」
久瀬は保管袋に入ったブレスレットを、西に向けて見せた。
「はい、間違いありません。京子はそのブレスレットを宝物だと言っていました。妹が勝手に身に着けたときには、普段ほとんど怒らない京子が珍しく本気で怒ったくらいです」
西はブレスレットを睨むように見つめた。
「そんな大切なものを、どうして結城さんが着けていたんでしょう」
「京子さんが貸した可能性もありますよね?」
宙が尋ねる。西は少し間を置いてから、静かに口を開いた。
「……事故以来、京子の病室に入れるのは家族だけなんです」
「え?」
「結城さんは警察に、『駅前で京子と別れたあと、一人で家に帰った』と話したそうです。けれど、私が駅前で二人を見たとき、京子はまだブレスレットを着けていた。……それなのに、さっきあの人は『京子が失くしていたから、代わりに探しに来た』と言ったんです」
西は宙たちを見回した。
「どうして分かるんですか? 京子が事故に遭ったあと、ブレスレットがなくなっていたことを」
宙は答えられなかった。
久瀬は考えるように視線を落とし、ゆっくりと口を開く。
「……駅前で見かけたとき、京子さんがブレスレットを着けていたのは確かですか?」
「はい。ブレスレットをしている方の腕を、結城さんが掴んでいたので間違いありません。……もしかすると、あれは娘のブレスレットを盗ろうとしていたのかも」
「ブレスレットを?」
聞き返す久瀬に、西が頷く。
「きっと、このブレスレットはとても高価なものなんです。私は……結城さんがこれを欲しがっていたんじゃないかと思っています。ブレスレットを巡って娘と揉めて、その結果、京子は事故に『遭わされた』んじゃないかって」
宙は思わず、ごくりと喉を鳴らした。
横目で隣の久瀬を窺うが、久瀬はいつもと変わらない表情で、静かに西を見つめている。
「証拠がないことくらい分かっています。でも、事故の直前に二人は喧嘩していた。結城さんは以前、娘が大切にしていたブレスレットを身に着けていた。そして事故のあと、そのブレスレットはなくなり、今日、あの人はそれを自分のものだと言って持ち帰ろうとした」
そこで一度言葉を切り、西は掠れた声で続けた。
「……これでも、全部ただの偶然だと思えますか?」
「気づいたか?」
西から話を聞き終え、車へ戻るなり、久瀬が言った。
助手席に乗り込んだ宙は、きょとんとして久瀬を見る。
「何がです?」
「結城凛は、『四日前にブレスレットを失くした』と言っていた。だが、西京子が事故に遭ったのは三日前だ」
「……あ」
言われて、ようやく気づく。
西の話が本当なら、事故の直前まで京子はブレスレットを身に着けていたことになる。
「つまり……結城さんか、西さんのどっちかが嘘をついてるってこと?」
「少なくとも、二人の証言は両立しない」
久瀬はそう言って、シートベルトを締めた。




