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外せない首輪④

「はい、お願いします」

 にこりと笑い、秋田は近場の椅子を引いて座った。

「彼は拘束型異失物の被害者として一時保護しました。名前は三井宙。東武学院大学の三年生。異失物に関して現時点で確認されているのは、首輪を外そうとした際の締め付け反応、破壊処理に対する拒絶反応、命令語への服従反応です」

「なるほど。等級は?」

「今のところはⅢ級相当と見ています」

 浜松の問いに、久瀬が迷いなく答える。宙は首を傾げた。

「等級って何ですか?」

「簡単に言えば、異失物の危険度を表すものだ。災害級の被害をもたらす特級を最上位として、Ⅰ級、Ⅱ級、Ⅲ級、影響が軽微なⅣ級まで。今は仮だが、最終的には等級を確定させて報告書を出さないといけない」

 浜松が答える。宙は思わず顔を強張らせた。

「災害級なんてものもあるんですか?」

「特級が最後に確認されたのは、半世紀以上前だ。そうあるものじゃない」

 言いながら、久瀬は椅子を引き、腰を下ろした。

「これから、その異失物を調べさせてもらう。まずは何度か命令語を試す。無視できるものは無視してほしい」

「分かりました」

 久瀬の言葉に背筋を伸ばして頷く。久瀬はデスクの引き出しを開けて、ボールペンを一本取り出した。ボールペンを持ち上げて宙に見せ、フロアの隅に向かって投げる。

「取ってこい」

 言われた瞬間、身体が勝手に動いた。壁際へ走り、ボールペンを拾って、久瀬のもとへ戻る。差し出された久瀬の手にボールペンを渡してから、ようやく我に返った。

「えっ、今、俺なんで……」

「座れ」

 間髪入れずに次の指示が飛ぶ。しかし、今度は身体が動かなかった。

 久瀬は考えるようにボールペンの先でデスクを叩き、顔を上げる。

「お座り」

 次の瞬間、宙は弾かれたようにその場にしゃがんだ。

「っ……もう、何なんだよ〜!」

「あははっ、ごめん。本当に犬みたいで、ちょっと可愛い」

「こら、秋田」

 思わずといった風に笑い出した秋田を、浜松が窘める。宙は顔が熱くなるのを感じ、しゃがんで動けないまま久瀬を見上げた。

「まだやるんですか? もう終わりにしません?」

 久瀬は黙ってノートパソコンを開き、キーボードを叩いている。記録を取っているようだ。

 少しして手を止めると、また宙に向き直る。

「伏せ」

 宙は反射的にその場に両手をついて蹲った。

「ゔぅ……」

 異失物を調べるために必要な検証なのかもしれないが、屈辱的だ。

 伏せの姿勢のまま、久瀬を睨むが、当の本人はこちらに目もくれず再びキーボードを叩いている。どうやらまだ、止める気はないらしい。





「――よし。服従反応の検証はこれで終わりだ」

「はあああ〜……疲れた……」

 あの後、さらに十回近くさまざまな命令をされ、そのたびに宙は立ったり、その場で回ってみせたりした。疲れきって床に転がると、久瀬がポケットからスマートフォンを取り出し、差し出してくる。

「俺のスマホ! もういいんですか?」

 起き上がり、スマートフォンを受け取る。

「読むだけでは反応しないと分かったからな。ただし、首輪が外れないうちは、音楽を聴いたり動画を見たりするのは禁止だ」

 久瀬の言葉に、『お座り』と書かれた文字を見せられたことを思い出す。確かに、あのとき身体は反応しなかった。

「次は首輪を確認させてもらう」

 久瀬は立ち上がり、宙に席を譲る。宙が座ると、

「私たちも手伝いますよ」

 秋田と浜松も席を立ち、そばへ寄ってきた。

「レザーは合皮じゃなさそうだな。恐らく本革だ」

「デザインも安っぽくないし、少なくとも百円ショップでは売ってなさそうですね」

「お、刻印があるぞ。KOTAROU……犬の名前はコタロウか」

「…………」

 イケメンと美人とおじさんに囲まれて、首輪を弄られている。はたから見ると、かなり奇妙な光景だろう。

 三人は首輪を調べながら、分かったことを記録していく。手持ち無沙汰な宙は、ぼんやりと天井を眺めながらこの首輪を着けていた犬の飼い主のことを考えた。

 名前まで刻印して、きっと飼い犬のことを可愛がっていたのだろう。――けれど、どうしてあんなところに首輪が落ちていたのか。今、犬と飼い主はどうしているのだろうか。

 考えているうちに、気がつくとうつらうつらと船を漕いでいた。

「――ん、三井くん」

「ん……」

 ふいに肩を叩かれ、重い瞼を開く。目を開けると、秋田が首を傾げて顔を覗き込んでいた。肩上で切り揃えられた髪がサラッと揺れる。

「ごめんね、眠いよね。明日は何か予定あるの?」

「いえ、特に……」

 答えながら、あくびが出そうになり、とっさに噛み殺す。

「なら、ひとまず今日は泊まってもらいます? 一人にするのは心配ですし」

 秋田が振り返って尋ねる。久瀬は顎に手を当て、少し考えてから「いや」と首を横に振った。

「首輪は処理して、彼は家に帰しましょう」

「え……処理って、もしかして切るんですか?」

 驚いて顔を上げる。久瀬は宙を無視し、浜松と秋田に向き直る。

「犬の躾で使われるコマンドに反応していたこと、音声以外のコマンドには反応しなかったことを考えると、首輪の感情の主体は犬と考えるのが妥当です」

「異失物って、人間以外の持ち物がなることもあるんですか?」

 小声で浜松たちに尋ねる。

「ああ。前例は多くないがな」

「人間に比べると言語化された思念が残りにくいからね。影響があっても軽微なことが多いんだよ」

「へぇ……」

「今は影響が小さくても、長時間身に着けていた場合、装着者である三井の思念が混ざって危険度が上がる可能性があります。そうなると、破壊処理はますます難しくなる」

 淡々とした口調で、久瀬は続ける。

「首輪にはハサミの跡がついていましたが、彼の首に外傷はありませんでした。慎重に安全確認を行い、首輪の締め付けと本人の拒絶反応を最小限に抑えられれば、切断は可能なはずです」

 久瀬の言葉に、浜松は「一理あるな」と呟く。宙は慌てて身を乗り出した。

「ま、待ってください! 安物じゃないし、名前まで刻印されてるなら……飼い主にとっても、この首輪を着けてた犬にとっても、大切な思い出の詰まった物かもしれないじゃないですか。それを勝手に壊すなんて、そんな……」

 言いながら、俯いて両手を膝の上で握る。

 ――首輪を着けられたとき、一瞬見えた光景。柔らかな光の差し込む部屋。頭にふれた、暖かな手のひらの感触。

 ただの白昼夢かもしれない。けれど、どうしても引っかかった。

「お前は首輪の感情に呑まれてるだけだ」

 頭上からため息が聞こえた。宙は握った手に力を込め、顔を上げた。

「確かにあのとき――交番で首輪を外したり、切られたりしそうになったときは、嫌だって感じました。でも……そう感じたのは、この首輪を着けてた犬が飼い主に愛されてて、飼い主とずっと一緒にいたいと思ったからなんじゃないですか?」

「何の根拠もない、能天気な解釈だな。世の中そんないい飼い主ばかりじゃない」

 バッサリと切り捨てられ、一瞬言葉に詰まる。

 確かに、久瀬の言っていることは正しい。でも――

「違うって証拠もないじゃないですか」

「お前は『異失物』の危険性を何も分かってない。無理に首輪を外そうとし続けて、首が締まって死んでた可能性だってあるんだ」

「でも、死んでないです。生きてます!」

「それは結果論にすぎない」

 食い下がる宙に、久瀬は鋭い口調で返す。久瀬は宙から視線を外し、浜松たちへ向き直った。

「この異失物には、装着者の意識に干渉する力があります。人格侵食に発展する可能性も否定できません」

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