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外せない首輪③

「異失物を無闇に破壊するのは危険です。今後は異管に任せてください」

「で、でも、練馬のときは壊してましたよ」

 戸惑ったように中野が言う。

「確かに、異管が異失物と認定したものは、危険物として破壊処理が認められます。ですが、実際に破壊するのは、調査を終えて必要だと判断された場合のみです」

 久瀬は振り返り、宙の首輪へ目を向ける。

「過去に今回のような拘束型の異失物を切ろうとした事例があります。……そのとき切れたのは異失物ではなく、装着者のほうでした」

 宙の喉が、ひゅっと鳴る。中野は青ざめて「み、三井さん、怪我は!?」と尋ねた。

 念のため、首を指でなぞって確かめるが、どこも切れていない。

「大丈夫です」

「そうか、よかった……」

 中野と小脇がほっと肩の力を抜く。

「一度分駐所へ戻りたいのですが、彼はこちらで預かっても?」

「え」

 久瀬の言葉に弾かれたように顔を向ける。

「はい、もちろんです」

「よろしくお願いします」

「えっ、えっ?」

 久瀬と中野たちの顔を見比べながら、一人狼狽える。この場で何とかしてくれるんじゃないのか。久瀬は「行くぞ」と宙に声を掛け、さっさと歩き出した。

「ま、待ってください!」

 慌てて久瀬の後を追いかける。久瀬は繁華街の近くまで戻り、路肩に停めてあった黒色のセダンに乗り込んだ。宙が助手席に座ると、エンジンが掛かる。

 静まり返った車内に、エンジン音だけがやけに大きく響いた。居心地の悪さと妙な緊張感に、もぞもぞと座り直しながら、隣の久瀬を見る。

「えっと……分駐所って?」

「異管は警察内部でも、一部の人間しか存在を知らない。だから警察署外に分駐所を置いて、そこを拠点に活動している」

「へー、なんか秘密組織っぽくてかっこいいですね。久瀬さんとこの分駐所は、どこにあるんですか?」

「神楽坂」

 久瀬がハンドルを回し、車が滑らかに動き出す。

「結構遠いですね〜。あ、曲とかかけます?」

 緊張を誤魔化すようにペラペラと喋りながら、スマートフォンを操作する。久瀬は赤信号に車を止めると、宙のスマートフォンを掴んで自分のポケットに入れた。

「ちょっ、何で取るんですか!」

「お前、自分の状況分かってるのか?」

「え……状況って? これから分駐所に行って、これ外すんですよね?」

「…………」

 首輪を指して尋ねると、久瀬は小さくため息をついて前に向き直った。信号が青に変わり、再び車が動き出す。

「えっ、何で黙るんですか? ちょっと、久瀬さん? ねえ!」

 何度も声をかけ、顔を覗き込むが、久瀬は宙を見ようともしない。そのまま、分駐所に着くまで、久瀬は黙ったままだった。



 久瀬が車を停めたのは、神楽坂の表通りから一本入った路地裏にあるビルの駐車場だった。三階建てのレトロな赤レンガのビルで、一階は駐車場になっている。

「ここ、本当に警察の分駐所なんですか?」

「表向きには、IT系ベンチャー企業のビルということになっている」

 きょろきょろと周囲を見回しながら、車を降りて久瀬の後を追う。外観は年季が入っていたが、中に入ると空気が変わった。リノベーションされているのか、設備はどれも新しい。エレベーターに乗り、二階で降りると、フロアのドアを開けて中に入った。

 木目調のフローリングに、アッシュグレーのデスクや棚が並んでいる。窓際には観葉植物が置かれ、まるで今どきのおしゃれな企業のオフィスのようだ。

「あの、本当の本当に警察の分駐所で合ってます?」

「うちのトップの趣味だ」

 ため息をついて、久瀬はスーツのジャケットを脱いだ。

 異管のトップ……どんな人だろうか。警察の偉い人と聞くと、真面目で怖そうなイメージだが、この分駐所の印象とは合わない。

「えー、浜松さん知らないんですか?」

「ううん……娘たちが見ていた気もするが」

 デスクの並んだ方から、ふと声が聞こえた。久瀬は声のした方へと歩いていく。

「男の子にも女の子にも、すっごく人気だったんですよ。月曜の朝はいつもこのアニメの話で盛り上がってて――」

「戻りました」

 久瀬が言って、ジャケットを雑にオフィスチェアに掛ける。向かいのデスクに座っていた、スーツ姿の男女がこちらに気づいて顔を上げた。女は二十代半ばくらいで、猫っぽい吊り目が印象的な黒髪の美人。男は五十歳前後だろうか、ガタイがよく、腕まくりしたシャツからは日焼けした肌が覗いている。

「あ、その子が首輪取れなくなった子ですか?」

「三井宙くんだったか」

 二人に向かって「お世話になります」とペコっと頭を下げる。

「ねぇ、三井くんは『おかえりワンワン』知ってるでしょ? 大学生なら、世代だもんね」

「え?」

 猫目美人がこちらへ駆け寄りながら、尋ねる。宙は視線を彷徨わせつつ、後頭部を掻いた。

「あー……あれですよね? 海外赴任してたワンワンさんが日本に帰ってきて、海外生活とのギャップに葛藤しながら成長するハートフルストーリー」

「何言ってるの? 全然違うよ。ほらこれ、『<おかえり>のある場所が、あなたのお家』ってやつ」

 スマートフォンを顔の前に突き出され、表示されたイラストを見る。犬耳らしきものが頭に生えた茶髪の少年が、赤い屋根の家を背景に、うさぎやネズミ耳の生えた人たちに囲まれているイラストだ。少年の首には黒い首輪が嵌っている。

「ほら、思い出した?」

 まるで、知っているのが当然のことのように尋ねられる。

 もしかすると、本当は知っているのかもしれない。けれど、その記憶を宙は『覚えていない』。

「……いやー俺、埼玉出身なんで時差あったかも」

「ないよ! というか、時差関係ないし」

 笑いながら言うと、猫目美人は口を尖らせる。

「秋田」

 ふいに、久瀬が話を遮るように低い声で言った。振り向くと、久瀬は猫目美人をじっと睨んでいる。

「あー……すみません。茶髪に黒い首輪って聞いたら、思い出しちゃって……浜松さんが」

「俺が!?」

 どうやら猫目美人は秋田、ガタイのいい日焼け男性は浜松というらしい。罪をなすりつけられた浜松は、『開いた口が塞がらない』を体現しながら、秋田を見ている。

 久瀬は腕を組んで、二人を見た。

「ひとまず、状況を報告しても?」

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