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翌日、宙は朝食を食べながら、ぼんやりと朝の情報番組を見ていた。
この部屋にはもともとテレビがなく、今見ているのは宙が寮から持ち込んだものだ。久瀬いわく、情報を得るなら新聞とニュースアプリで十分らしい。
宙にはテレビのない生活なんて考えられないので、嫌な顔をする久瀬を無視してリビングに置いた。すると最近では、久瀬もたまにニュースやドキュメンタリーを見るようになった。
一度それを指摘したところ、「お前がつけっぱなしにしてたから視界に入っただけだ」と言ってテレビを切られたので、以来、黙っていることにしている。
『お次は、今若い女性たちの間で流行りの、ハンドメイド特集です!』
アナウンサーが明るい笑顔で、次のコーナーを紹介する。
「ハンドメイドか……」
宙はぽつりと呟き、座卓の上のスマートフォンを手に取った。『Claire ハンドメイド』で検索してみるが、それらしいショップは見当たらない。
がっかりして、食べかけの食パンを一口齧る。
「久瀬さーん、そろそろ起きないと遅刻しますよー」
もぐもぐと咀嚼しながら、久瀬の部屋へ向かって声を上げる。
それとほとんど同時にドアが開き、ぼさぼさの頭をした久瀬が出てきた。
「おはようございます」
「…………はよう」
まだ半分寝ているような、消え入りそうな掠れた声が返ってくる。
夜はいつも宙より早く寝ているくせに、朝起きてくるのは遅い。低血圧なのだろうか。
亡霊のように洗面所へ吸い込まれていく久瀬を見送り、宙は再びテレビへ視線を戻した。
画面では、レジンやビーズのアクセサリーから、ペットの首輪、ステンドグラスのペンダントライトまで、さまざまなハンドメイド作品が紹介されている。
金属を曲げたり、細かなパーツを組み合わせたりして、みるみる形になっていく。
「へー、設計図まで作るんだ。すげー」
「おい、もう出るぞ」
背後から声が降ってきた。
振り向くと、いつの間にか完璧に身支度を終えた久瀬が立っている。宙は慌ててテレビの時刻表示を見た。
「えっ、もうこんな時間?」
「鍵はちゃんと締めろよ」
「待ってくださいよ!」
慌ててパンを口に詰め込み、ショルダーバッグを掴んで久瀬を追いかける。
「おい、皿」
「帰ったら片付けますって」
じろりと睨んでくる久瀬に笑って、一緒に家を出ると、エレベーターのボタンを押す。
「てか、今日はどうします? ブレスレット、そろそろ俺が触ってみます?」
「まだ駄目だ」
きっぱりと断られ、宙は口を尖らせた。
「じゃあ、どうするんですか? 首輪のとき浜松さんたちがしてたみたいに、落ちてた場所の周辺で聞き込みとかしてみます?」
「それは難しいな。拾得者は通勤途中で急いでいたらしい。謝礼も権利もいらないと言って、詳しい話を聞く前に立ち去ったそうだ」
「えぇっ。じゃあ、どこで拾ったのかも分からないってこと? 詰みじゃないですか」
「そうとは限らない」
エレベーターが到着し、ドアが開く。
乗り込んだ久瀬の後に続くと、扉が閉まり、ゆっくりと下降を始めた。
「人の想いが残ったものが異失物になる。……ということは、あのブレスレットにも、それだけ強い想いを抱いていた人がいるはずだ」
「つまり……落とし主が取り戻しにくるってこと?」
宙が尋ねた、そのとき。
エレベーターの中に着信音が響いた。
久瀬がポケットからスマートフォンを取り出し、耳に当てる。
「はい、久瀬です。……いえ、こちらこそ、昨日はありがとうございました」
昨日――ということは、相手は戸田だろうか。
宙は久瀬のスマートフォンに耳を寄せる。久瀬は顔をしかめて距離を取ったが、そのぶん宙も距離を詰め、堂々と盗み聞きする。
『実は、ブレスレットを落としたという方がいらっしゃっていて』
「えっ!」
「……分かりました。すぐに向かいます」
思わず声を上げた宙を睨んで、久瀬が電話を切る。タイミングよく、エレベーターが一階に着いた。
「直行します?」
「ブレスレットは分駐所だろ。取りに行ってから向かう」
「じゃ、急ぎましょ!」
宙は真面目な顔で頷き、ドアが開くなり外へ飛び出した。
「おい、走るな!」
それから三十分ほど後、二人は昨日と同じ交番を訪れていた。
中へ入ると、昨日対応してくれた戸田が「あ、久瀬さん」と立ち上がる。向かいの椅子には、女性が一人座っていた。
二十代後半くらいだろうか。黒いロングヘアを緩く巻き、グレーのノースリーブニットにライトグレーのスラックスを合わせている。目鼻立ちが整っていて、どこか近寄りがたい雰囲気の女性だ。
「こちら、結城凛さんです。ブレスレットを探しているとおっしゃっていて」
戸田に紹介され、女性――結城が立ち上がる。
「結城です。お手数をお掛けしてすみません」
芯の強そうなハキハキとした口調で言って、軽く頭を下げる。
「遺失物管理課の久瀬です。こちらは三井」
「三井です。よろしくお願いします」
宙もぺこりと頭を下げる。
宙と久瀬は結城の向かいの席に腰を下ろした。結城も座り直したところで、久瀬が手にしていたケースをカウンターの上へ置き、中から透明な保管袋を取り出す。
「探していたのはこちらですか?」
袋越しに金色のブレスレットを見せる。
結城は一瞬、息を止めたようだった。
「……はい。それです」
「あなたのものですか?」
「はい」
迷いのない返事だった。
結城の表情はほとんど変わっていないが、ブレスレットを見つめる目には、微かに安堵が浮かんでいるようにも見えた。
「いつ頃、失くしたことに気づきました?」
「四日前です。……立て込んでいたので、しばらく探しに来られなくて」
「最後に身に着けていた場所は?」
「はっきりとは覚えていなくて。いくつか心当たりのある場所を探したんですが、見つからなかったので、交番に届いていないかと思って」
久瀬は手元のメモ帳に視線を落とし、さらさらと何かを書き込んでいく。
「このブレスレットには、『K.N』というイニシャルが入っています。……あなたのイニシャルとは一致しませんよね」
結城凛。どこにもKもNも入っていない。
宙も気になっていたことだった。ちらりと結城を見る。




