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「はい。東京分駐所の久瀬です」
ワンコールで久瀬が電話に出る。
……自分だけ自席で食事をとっていたのは、誰かに電話を取られないためか。
宙は電話対応する久瀬を横目に、カレーを掻き込んだ。
「行くぞ、三井」
「――っ、はい」
なんとか完食すると、容器をゴミ箱に突っ込み、オフィスを出ていく久瀬の後を追いかける。
今回、異失物の疑いがあるとして連絡があったのは、落とし物として交番に届けられたブレスレットだった。
交番に着くと、二人の警察官が対応してくれた。二十代半ばくらいの女性警察官・戸田と、同年代に見える男性警察官・谷だ。ブレスレットは透明な保管袋に入れられ、カウンターの上に置かれている。直径は約六センチ、二ミリほどの幅の細いシンプルな金のバングルだ。
「届けられたのは、今日の午前中です」
戸田が説明する。
「最初は普通の遺失物として扱ってたんですけど……彼が小さいから、子ども用じゃないかって言い出して」
「だって、腕入れるところ、こんなに細いし」
バングルの輪の開いているところを指さして、谷が言う。戸田は口を尖らせて谷を見た。
「いや、女性の手首って意外と細いから」
谷と同期なのだろうか、年も近そうで気安い雰囲気だ。
「それで、谷が疑うので、私が着けてみたんです」
「勤務中にですか?」
久瀬が真顔で尋ねる。本人にそのつもりはないのだろうが、愛想の『あ』の字もないので責めているように聞こえる。一瞬、空気が凍りついた。
「……サ、サイズ確認のためですよ!」
戸田は焦ったように言う。宙が「ちょっと久瀬さん」と脇を肘で突くと、久瀬は訝しげな顔をした。
無自覚空気クラッシャーめ……。
「とにかく、ブレスレットを着けてみたんです。そしたら谷が『お前もこういうの持ってるのか』って聞いてきて」
「こいつ、普段アクセサリーとか着けるタイプじゃないんで」
谷の言葉に、戸田は「余計なこと言わなくていいから」と横目で睨む。
「……それで、『持ってない』って答えようとしたんです。そうしたら、ブレスレットが軽く締めつけるような感覚がして、声が出なくなって」
気を取り直したように言って、戸田はそっと自分の腕をさする。
「喉が痛いとか、息ができないとかじゃなくて、ただ声だけが出なくて。でも、びっくりして『えっ?』て言ったら、それはちゃんと声になったんです」
「で、俺が『どうした』って聞いたら、また黙って」
「『大丈夫』って答えようとしたら、またブレスレットが締まって、声が出なくなったんです。それで、怖くなって外しました」
その後は、今のところ声が出なくなったことはないという。宙はカウンターの上のブレスレットへ視線を落とした。
「気のせいかもしれないし、迷ったんですけど、とりあえず異管の人に見てもらって判断しようと思って……」
「確証がなくても連絡していただいて問題ありません。異失物かどうかの判断も、こちらの仕事ですので」
淡々と久瀬が答える。戸田は少しほっとした様子で表情を緩めた。
「むしろ現場で雑に『問題ない』と判断され、落とし主に返してしまう方が、こちらとしては困ります」
久瀬は保管袋に入ったブレスレットを手に取り、戸田を見た。
「これが異失物かどうか調べたいので、一旦、異管で預かってもいいでしょうか?」
「はい、大丈夫です。もし、落とし主がいらっしゃったら、どうしたらいいですか?」
「話を聞きたいので、俺に連絡してください」
社用スマホの番号を戸田に伝え、宙たちはひとまず交番を後にした。ブレスレットは男が着けるには小さく、宙や久瀬が着けようとしたら壊してしまう可能性がある。
そこで、分駐所に戻った二人は、午後も引き続き保管室の掃除と点検をしていた秋田の元へ向かった。
久瀬から事情を聞き終えると、秋田はにこりと笑う。
「いいですよ、協力します」
「ありがとうござ――」
「その代わり!」
礼を言おうとした宙を遮り、秋田が人差し指を立てた。
「今回は浜松班全員で担当ってことで、いいですね?」
「……分かった」
若干面倒そうにしながらも、久瀬が頷く。秋田はぱっと笑顔に戻ると、「浜松さんに伝えてきます」と保管室の奥へ小走りで向かった。
久瀬は嫌そうだが、秋田はいつも異失物の調査担当を久瀬に取られてばかりだと嘆いていたし、皆で協力した方が解決も早そうだ。
四人でオフィスへ戻ると、和やかな空気――久瀬を除き――の中、まずはブレスレットを調べた。
外側には装飾らしいものはないが、内側には透き通った紫色の石が埋め込まれている。そのすぐそばには、小さく『K.N』というイニシャルが刻まれていた。さらに少し離れた位置には、『Claire』という文字も彫られている。
「このイニシャル、持ち主のですかね?」
「そうだな。あとは、恋人や配偶者のイニシャルって線もあるか」
浜松が顎を撫でながら答える。
「えー。でも、そういうのって入れるなら指輪じゃないですか?」




