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異管の分駐所がある神楽坂には、チェーンの飲食店が少ない。個人経営の店は多いが、ランチタイムは短く、昼時を逃すと選択肢は喫茶店かコンビニくらいになる。
今日は浜松班で、分駐所の地下にある異失物の一時保管庫で掃除と点検をしていたため、昼休憩に入るのが遅くなってしまった。久瀬は引き出しに常備しているカップ麺で済ませるらしいが、宙たちはコンビニへ行き、それぞれ昼食を買ってきた。
「えぇっ、また!?」
オフィスの隅にあるカフェスペースで昼食を取っていると、不意にスマートフォンを見ていた秋田が声を上げた。カレーを口へ運んでいた宙は、視線を上げて尋ねる。
「どうしたんです?」
「申し込んでた賃貸の審査、落ちちゃったー……」
「え、警察官でも賃貸落ちることなんてあるんですか?」
驚いて目を瞬く。秋田はガックリと肩を落とし、ソファにもたれながらため息をついた。
「たぶん、一人暮らしならそうそう落ちないと思うけど、ルームシェアだから。二人入居可って書いてあるのにー!」
「まあ、そういうところは友達同士じゃなくて、カップルを想定してるんだろ」
ベジファーストを心掛けているという浜松が、サラダを食べながら言う。秋田は頬を膨らませ、八つ当たりするように浜松を睨んだ。
「なんでカップルなら良くて、友達はダメなんですか? 意味分かんないです!」
「友達同士は喧嘩別れが多くて、ルームシェアが続かないことが多いらしい」
一人、自席でカップラーメンを食べながら、久瀬が言う。
「あー、それはちょっと分かるかも」
宙は振り返り、嫌味っぽく笑ってみせた。眉間に皺を寄せた久瀬とバチバチに睨み合う。
「まったく、お前ら……休憩中くらい仲良くしろ」
呆れたように浜松が仲裁に入る。今日は朝から、些細なことで久瀬と言い合いになることが多かった。
というのも、二人とも昨夜の喧嘩をまだ引きずっているのだ。
「三井。いい加減、片付けろ」
昨夜、風呂上がりにリビングでゲームをしていると、痺れを切らしたように久瀬が近づいてきた。宙はクッションを枕に仰向けに寝転がったまま、久瀬を一瞥する。
「えー、片付けてるじゃないですか」
「どこがだ」
久瀬がリビングを見回す。宙が最近リサイクルショップで購入した座椅子には、数日前に取り込んだ宙の洗濯物が山積みになり、座卓の上にはゲームソフトと充電ケーブル、読みかけの漫画が散らばっている。
「これくらい許容範囲ですよ」
「俺は許容してない」
久瀬は眉間に皺を寄せたまま、今度は洗面所の方を指さした。
「あと、俺の洗濯物に自分の服を混ぜるな」
「いいじゃないですか、ついでに回してくれたら。水道代も電気代も節約できますよ?」
「干すのは誰だと思ってる」
「久瀬さん」
「分かってて入れるな」
正論だ。だけど、これではまるで久瀬だけが迷惑を掛けられている被害者みたいではないか。
宙はむっとして身体を起こした。
「じゃあ言わせてもらいますけど、俺だって我慢してることありますからね!」
「何だ」
「冷蔵庫の中身なくなったマヨネーズとか、ケチャップ、ちゃんと捨ててください」
「まだ残ってる」
「残ってないですよ! 昨日、逆さにして振っても出なかったです!」
「それは努力が足りないせいだ」
「なんでマヨネーズ使うのに努力が必要なんですか!」
腕を組み、睨むように見下ろしてくる久瀬を、宙も睨み返す。
「あとシャンプー! なくなったら新しいの補充してくださいよ。俺、今日シャワー浴びてから気づいてめちゃくちゃ困ったんですけど!」
「まだ残ってた」
「もうないですよ!」
「水を入れて振れば一回分くらい使える」
「それは『残ってる』って言わないんですよ!」
だんだんとヒートアップして、お互いに声のボリュームが大きくなる。
「使えるものを捨てる方がおかしいだろ!」
「空の容器をいつまでも置いとく方がおかしいです!」
「空じゃない!」
「空です!」
「残ってる!」
「残ってない!」
しばらく睨み合った末、二人は同時に顔を背けた。宙は立ち上がり、ゲーム機を手にリビングを出ていく。久瀬は「漫画と洗濯物も持っていけ」と宙の背に向かって言ったが、無視して部屋に戻り、勢いよくドアを閉めたのだった。
思い出すと、また腹が立ってきた。
宙はふんっと久瀬に背を向け、カレーを頬張る。
「にしても、なんでわざわざ女同士で暮らすんだ? 結婚とか考えたら――」
「はい、アウトです」
浜松が言いかけたところで、サンドウィッチを頬張りながら、秋田が言う。
「まだ最後まで言ってないだろ」
「最後まで聞かなくてもアウトのやつです!」
頬を膨らませた秋田に、浜松は「そうなのか?」と後頭部を掻く。
「結婚は義務じゃないんですから、すること前提で話すのよくないです。というか、私より久瀬さんの方が年上なんだから、婚期がどうとか言うなら久瀬さんに言ってくださいよ」
「俺を巻き込むな」
面倒そうに久瀬が言う。――そのときだった。分駐所に電話の着信音が鳴り響く。




