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宙は久瀬に自分が見た異失物の記憶について話した。久瀬は宙の勝手な行動に苦言を呈しながらも、刑事に掛け合ってくれ、遺留品の返却に同席させてもらえることになった。
会議室で再び対峙した滝山の母は、泣き腫らした瞳で俯いていた。職員が返却の手続きのために説明をしても、まるで耳に入っていない様子で、焦点の合わない目でぼんやりと机を見つめている。
「あの……遺留品について、俺から一つ話したいことがあります」
職員の説明が終わったタイミングで、宙は切り出した。
「滝山さん。あのスマホには、確かに息子さんの想いは残ってなかったかもしれません。……でも、それは息子さんがお母さんのことを想っていなかったってことではないと思うんです」
宙の言葉に、滝山の母は僅かに顔を歪めた。
「それでも……何か、残っていてほしかったんです」
掠れた声で言って、皺のついたシャツの胸元を強く握り締める。宙は遺留品の箱に手を伸ばし、一枚の紙を取り出した。
「これを見てください」
滝山の母に差し出したのは、沖縄旅行のチラシだ。透き通るような青い海とシーサーの像が載っている。長い間リュックに入っていたのか、端の方は破れ、大きな折れ目がいくつもついていた。
「これは……?」
滝山の母は戸惑ったようにチラシを見る。
「息子さんのリュックの中から見つかったそうです」
宙は身を乗り出し、滝山の母の顔を窺う。
「春頃に、息子さんと電話をしましたよね? そのとき、『あったかいところに行きたい』って、息子さんに話しませんでしたか……?」
躊躇いがちに、尋ねる。
――もしも、あの記憶がただの自分の見た夢だったら。
そんな不安が込み上げてくるが、チラシを見つめる滝山の母の顔を見て、杞憂だったと悟った。
「息子さんが亡くなる前、何を考えていたのか……知ることはできません。息子さんと直接話すことも……もう、叶いません」
宙の言葉を聞きながら、滝山の母は静かに涙を流す。
「だけど、たとえ異失物にならなくても、息子さんはお母さんのことを大切に想っていたと思うんです」
震える指先がチラシに触れ、そっと握り締める。宙の手からチラシを受け取ると、じっと見つめながら唇を開いた。
「……優しい子だったんです」
ぽつりと、呟くように言う。
「夫は単身赴任でほとんど家にいなくて……寂しい思いもきっとたくさんさせてしまったのに、我儘もほとんど言ったことがなくて。初任給が出たときは、わざわざ新潟に帰ってきて、美味しいご飯に連れていってくれて」
擦れて少し色褪せたチラシを、宝物に触れるように優しく撫で、滝山の母は唇を噛んだ。俯いた彼女の肩が、小さく震えている。
「生きて……っ、生きてさえ、いてくれたら……それだけでよかったのに……!」
チラシを胸に抱きしめ、絞り出すような声で言う。
その言葉を聞いた瞬間、宙は何も言えなくなった。
異失物の記憶を読むことができても、失われた命を取り戻すことはできない。滝山の母の悲しみを消すことも、後悔をなかったことにすることもできない。
だけど――それでも、滝山が何も残していかなかったわけではない。
優しい嘘はついてくれない。声を聞くこともできない。リュックの中に仕舞われていただけの、ただのチラシ。けれどそれは確かに、母を思う息子の気持ちの欠片だった。
それがいつか、彼女がもう一度前を向くための、ほんの小さな支えになればいい。
宙はそう願いながら、静かに目を伏せた。




