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異失物管理番号:⬛︎⬛︎-⬛︎⬛︎⬛︎  作者: 市宮早記
二章 死者からの電話
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13

 心臓がどっと音を立て、一瞬息が止まった。手のひらからスマホが滑り落ちる。床にスマホが落ちるのと、部屋のドアが閉まるのは、ほとんど同時だった。

「……ぁ……」

 掠れた声が溢れる。心臓が早鐘を打ち、背中に嫌な汗が滲んだ。

 まずい。早く――早く、ここから出ないと。

 何もしていないのに、息が上がる。手足が震えて、上手く力が入らない。棚に手を掛け、なんとか腰を上げるが、踏み出した足がもつれてその場に崩れ落ちた。

 暗くて、何も見えない。唯一の出口は閉められてしまった。――もう、出られない。

 考えただけで、胸が詰まって、息を吸おうとするほど苦しくなる。今まで自分がどうやって息をしていたのか、思い出せない。喉の奥が、細く乾いた音を立てた。

 硬く目を瞑り、その場に蹲る。

 どうしよう。どうにかしないと。どうにか――……

「――い、三井!」

 不意に声がして、肩を掴まれた。目を開けると、いつの間にか部屋に明かりがついている。

「動かなくていい。息は吸うな。吐け」

 顔を上げようとした宙を制し、静かな声が指示を出す。混乱する宙の背に、そっと手が添えられた。

「ゆっくりでいい。大丈夫だ、落ち着いて吐け」

 声に従い、ゆっくりと息を吐く。

「そうだ。まだ吸うな。吐ける分だけ吐け」

 限界まで吐き出すと、深く息を吸い、また声に従って吐き出す。それを何度も繰り返すうちに、呼吸が落ち着いてくる。

 滲んだ涙を手の甲で拭い、宙は顔を上げた。硬い表情でこちらをうかがう久瀬と目が合う。

「やー……すみません。ちょっと、空気薄かったですね」

「薄くない。過呼吸だ」

 へらっと笑った宙に、表情を変えないまま久瀬が言う。

「……ですよね」

「異失物に触ったのか」

 床に落ちたスマホを拾い、久瀬が尋ねる。宙は俯き、膝の上で強く両手を握った。

「すみません。……でも、これのせいじゃないです」

 宙が答えると、久瀬は考えるように顎に手を当てる。

「……そういえば、寝るとき電気を消したがらなかったな。暗所が駄目なのか」

「や、暗いだけならなんとか……」

「なら、閉暗所か」

 言い当てられ、無言で小さく頷く。

「どうして言わなかった」

 ため息混じりに久瀬が問う。握りしめた宙の手に、強く力がこもった。

「すみません。……足引っ張るなって言われてたのに」

 宙の言葉に、久瀬は一瞬困惑したように眉を寄せた。それから、思い至った様子で苦虫を噛んだような顔になる。

「あれはそういう意味じゃない。その……お前が、ふざけるから」

 珍しく歯切れの悪い声で言って、小さく息を吐く。

「いいか、怖いことは問題じゃない。隠さなくていい」

「……怖いって言ったら、連れてってくれなくなるんじゃないですか?」

「言わない方が連れていけない」

 きっぱりと答えた声に、恐る恐る視線を上げる。久瀬はまっすぐに宙を見つめ返した。

「できないことが分かれば、対策できる。照明を持つとか、ドアを開けたままにするとか、誰かが付き添うとか。それで済む話だ」

 久瀬は立ち上がり、宙に手を差し伸べる。

「立てるか」

「……はい」

 躊躇いがちにその手を取ると、しっかりと握り返され、引き上げられた。

 久瀬は遺留品の箱から保管袋を取り出し、スマホを袋の中へ戻す。その横顔を見ながら、宙は密かに息をついた。

 理由を聞かれなかったことに、ほっとしていた。

 以前にも、閉暗所で過呼吸を起こしたことがあった。そのとき一緒にいた友人たちはひどく心配して、どうして怖いのか、何かきっかけがあったのかと何度も尋ねた。

 けれど、宙は何も答えられなかった。自分でも、分からなかったから。

 宙には、十歳より前の記憶がない。

 十一年前、地震による市民ホールの崩落事故に巻き込まれ、それ以前の記憶を失くしてしまった。そして、そのときからずっと、暗くて狭い場所が怖い。

 事故で閉じ込められたせいなのかもしれない。あるいは、それよりもっと前から怖かったのかもしれない。

 何が怖いの。

 どうして怖いの。

 そう聞かれるたび、宙は答えられなかった。理由も分からないのに怖がっている自分は、ひどく幼稚な気がして、恥ずかしくて、嫌だった。

 袋に入れたスマホを、久瀬が箱の中に戻す。それを視線で追った宙は、箱の隅に見覚えのある紙を見つけ――はっと息をのんだ。

「待ってください!」

 箱を棚に戻そうとした久瀬を止めて、中を覗き込む。

「何だ?」

 訝しむ久瀬を無視し、宙は箱から一枚の紙を取り出した。

 ――ああ、そうだ。これは、きっと……。

「あの、滝山さんのお母さんは!? まだいますか!?」

「ああ。遺留品を返却すると言っていたから、まだいるんじゃないか」

「今すぐ会わせてください!」

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