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異失物管理番号:⬛︎⬛︎-⬛︎⬛︎⬛︎  作者: 市宮早記
二章 死者からの電話
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12

 スマホを握り締めた瞬間、頭の奥に鋭い痛みが走る。

 目の前がぐらりと揺れ――瞬きをすると、宙は広々としたリビングのソファに座っていた。ローテーブルの上には湯気の立ったコーヒーと、チョコ菓子が置かれている。旅先で買った物だろうか、棚の上にはご当地キャラクターらしき小さなフィギュアが整然と並んでいる。

 明るく整頓されたリビング。そこが、滝山の実家だと気づくのに、少し時間がかかってしまった。昨日訪れたときには閉められていたカーテンが開き、掃き出し窓から、色とりどりのチューリップの咲いた庭が見えた。

 宙はコーヒーを飲みながら、スマホを操作し、発信ボタンを押す。

「もしもし、俊樹?」

 口から溢れたのは、滝山の母の声だった。

『ん……おはよう、母さん』

「あら、もう昼過ぎよ? こんな時間まで寝てたの?」

『いいだろー、休みの日くらい。平日のぶん、寝溜めしとかないと』

 あくび混じりに返ってきた声に、宙――滝山の母は眉を寄せる。

「大丈夫? 仕事忙しいの?」

『まあね。でも新しいプロジェクト任せてもらえることになったから、頑張るよ』

 答える声は明るく、どこか誇らしげにも聞こえた。滝山の母はくすりと笑い、ソファから立ち上がった。

「東京はもう桜が満開なんだってね。こっちはまだ山の方に雪も残ってるのに」

『そっちは寒いからね。風邪ひかないように気をつけて』

「はいはい。そういえば、ゴールデンウィークは休めそうなの?」

『そうだね。年末忙しくて休めなかったから、ゴールデンウィークはちゃんと休み取るよ』

「よかった。ねぇ、せっかくだしどこか旅行に行かない? お母さん、あったかいところに行きたいなぁ」

 弾んだ声で話しながら、キッチンカウンターに置かれた写真立てを手に取る。大学の卒業式だろうか。門の前に笑顔で立つスーツ姿の滝山と滝山の母の姿があった。

『沖縄とか、九州とか? って、ゴールデンウィークはどこも大体あったかそうだけど』

「いいじゃない。休み取れそうだったら教えてね」

『分かったよ。じゃあ、またね』

 滝山が言って、通話が切れる。滝山の母はしばらく、思い出に浸るように微笑んで写真を見つめていた。




『――もしもし、母さん?』

 次に目を瞬かせると、二階にいた。勉強机とベッド、ほとんど物の入っていないカラーボックスが一つだけある狭い部屋。

 窓の外には、夕日に赤く染まった田んぼが広がっている。田植えを終えたばかりの水面が、空の色を映してきらきらと揺れていた。

『ゴールデンウィーク、帰れなくてごめん』

 手にしたスマートフォンから、滝山の声が聞こえる。どこか疲れたような声だった。滝山の母はベッドに腰掛け、替えたばかりのシーツを手のひらで撫でる。

「いいのよ。それより、大丈夫なの?」

『うん……ちょっと仕事でミスしちゃってさ。でも、大丈夫! ちゃんと挽回するから』

「……そう。あんまり無理しちゃ駄目よ」

『分かってるって』

 いつも通りの返事だ。けれど、笑っている声の奥に、ほんの少しだけ硬いものが混じっているような気がした。

「ちゃんと寝れてる? ご飯は食べてるの?」

『大丈夫、大丈夫。心配しないで』

「ならいいけど……」

 小さく息をつき、滝山の母は窓の外に目を向けた。

 山の向こうに沈んでいく夕日が、部屋の中まで赤く染めている。

『また落ち着いたら連絡するから。……じゃあ、またね』

「うん。体には気をつけるのよ」

『はいはい』

 少し笑ったような声を最後に、通話が切れる。

 滝山の母はスマートフォンを耳から離し、しばらく画面を見つめていた。

 気にしすぎだろうか。

 仕事をしていれば、疲れる日もある。うまくいかないことだってある。

 ……きっと、次に話すときには、元気が戻っているはず。

 そう思い直して、スマートフォンを机の上に置いた。


◇◇◇


 目を開けると、宙は背の高い棚の並んだ無機質な部屋の中にいた。床についた膝が冷たい。エアコンの駆動音だけが、静かに響いている。

 視線を落とし、握り締めたスマートフォンを見つめる。

 今見たのは、恐らく滝山の母の記憶だ。久瀬の言う通り、スマホに残っていたのは滝山本人ではなく、滝山の母の感情だった。だから宙は、滝山ではなく、滝山の母の記憶を見た――そういうことなのだろう。

『じゃあ、俊樹は……私に何の言葉も、想いも、残していなかったってことですか?』

 滝山の母の言葉が耳に蘇り、胸が締め付けられるように痛んだ。

 記憶を見ることができたところで、宙には、滝山が何を思っていたのか知ることができない。

 ――思い上がっていたのかもしれない。

 自分なら、何か見つけられると思っていた。滝山の母を少しでも救える言葉を、一つくらい拾い上げられると思っていた。

 けれど、宙が見たのは、救いではなく、彼女の愛情と後悔だけだった。

 スマホを強く握り、唇を噛んだ――そのとき。

「おーい、誰かいるのか?」

 部屋の外から声が聞こえた。とっさに立ち上がろうとして、目の前がぐらりと揺れる。

「――っ」

 棚に手を掛けてしゃがみ込む。立ちくらみを起こしたように、目の前が揺れている。返事をしようとするが、喉が固まって声が出ない。

「ったく、誰だ? 開けっぱなしにしたのは……」

 声がした。その瞬間、パチッとスイッチを切る音がして、目の前が暗くなる。

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