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友達

「ああっ」

「何や急に、びくりするやろ」

 僕の突然の大きな声にびっくりした川田さんは、少しコーヒーをこぼした。店内の客や店員までがこちらを見る。僕はペコリと頭を下げ、川田さんと向き合った。

「思い出したんか」

 僕はコクコクと何度も頭を上下に振った。

「思い出しました。そら忘れますよ。あんな昔。」

 僕は肩を竦めて見せた。

 川田さんは一方的に、敬語を使うな、自分のことは哲ちゃんと呼べと言い、うれしそうに今日までのことを話しだした。

「あれから神戸離れとったんやけどなー、帰ってったんや。カミさんには先立たれてもーてな。娘のとこで世話なっとって今は隠居の身や。」

 そう呼べと言うから呼ばせてもらおう。哲ちゃんは、スーツの内ポケットから携帯を取り出し、僕に見せた。携帯の背面には、哲ちゃんと制服姿の女の子のプリクラが貼ってあった。

「かわいーやろ。ワシの孫や。久実言うんや。ええ子やでー。」

 哲ちゃんは携帯を僕に渡した。確かに、いい子そうだ。ショートカットで小柄で活発そうに見える。育て方が良かったんだな。

「そのままお前の番号とアドレス入れといてくれや。持っとるやろ 電話。」

 言いながら僕は自分の携帯を出し登録する。

「はい、出来たで。」

 哲ちゃんに携帯を返す。

「お前はあれからどーしとったんや。元気でやっとったんか?」

少し僕は考えた。波風立たず。

「まーぼちぼち。」

「何や、ぼちぼちて。」

 哲ちゃんは目をすぼめてぼやく。

「そーや、お前、いじめはー。いじめどーなったんや。」

「あー、次の日からなくなったわ。哲ちゃんのおかげやな。」

 僕は本当に感謝している。

 翌日から、いじめグループは必要外近づきもしなかった。あっという間に三月がきて、彼らは進級していった。僕は同じ学年のままで。そして新たに友達も出来た。そして進級。その繰り返しだった。

「足も怪我しとったん、どないやった?」

「太もものんか。結局病院行ってへんねん。祖母ちゃんらに言えんかった。」

 あれから太ももの傷の中に入った枝は取れることなく皮膚は再生された。その薄い皮膚の下には枝の黒い塊が何年もの間見えていた。

 例えるなら、バケツの水の凍った表面から下にある石を見るような。

 傷を見るたびにあの日のことを思い出していたけれど、黒い塊が深く包まれていくにつれ、僕の記憶も薄れていった。今では皮膚が厚くなり、かろうじて表面がそこだけ他と違うというので分かるくらいだ。

「ま、ワシも行ってへんけどな。だからこんな傷で残ってもた。」

 哲ちゃんは自分の頭を叩きながらガハハとは笑う。でも、すぐ笑うのをやめて。思い出したように言う。

「お祖母さんらは?」

「生きてるわけないやん。」

「わかっとるは。あほちゃうぞ。」

 哲ちゃんはすねる。大人も子供もない。おかしい。笑ってしまう。 

「俺が小三くらいのときに二人とも。まー結構年やったしなー。それから寮のある学校に転校して、んで今は卒業して一人暮らしや。」

「そーか、頑張っとったんやな。」

 哲ちゃんはうんうんと頷き、残っていたコーヒーを飲み干した。

 窓の外は夕方の雰囲気をかもし出していた。西日が眩しく店内に入ってくる。

外を歩く人は、コートのポケットに手を入れ足早に通り過ぎて行く。

 哲ちゃんが腕時計で時間を確認した。

「わし、そろそろ帰らんなんわ。」

 僕は時計を持っていなかったので携帯で時間を確認した。十六時十分だった。

「あー、オレも帰るわ。」

 二人でレジカウンターに行き、ここはわしが払うと言う哲ちゃんに頭を下げ、次はオレがとやり取りをして外へ出た。

 哲ちゃんの手には、孫の久実ちゃんへのカップケーキのお土産が握られている。

 暖房の効いた中とは違い、外は痛いほどに寒い。六甲から吹き降ろす冷たい風が身にしみる。

「またメールすっさかい。」

「ああ。」

「ほな、わしこっちやさかい。」

 じゃあ、とお互い手を挙げ喫茶店の前で別れた。

 哲ちゃんはすぐに車道に近づき、タクシーを止めた。僕を見て軽く手を挙げ乗り込んだ。タクシーはすぐに発進した。

 今日、友人を見送った。そして、その友人が昔の知り合いと再会させてくれた。

 僕は空を見上げた。

 礼を言うなんて変だけど、森井、サンキュ。

 北の山はもう薄暗いけれど、南は沈んだ太陽の名残りでまだ明るい。

 すぐに暗くなりそうだ。店を出たときよりも寒さが増した気がする。

 僕は一番近い六甲駅を目指し大きく踏み出した。

 


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