出会い
「奥井・・・佑人です。」
僕も右手を差し出しながら名前を言った。
大きな手。僕より成長した大人の男の人の手だ。
タバコを吸っていいか僕の了承を得てから、川田さんはパンツのポケットに入れていたシワシワの箱からタバコを出し火をつけた。
「同じ年に生れたジュンネンがおるって聞いたことがあってん。んで、どんな奴なんやろー、会うてみたいなー思てな。」
川田さんは真面目な顔で言う。
今まで好奇心で見にくる人たちはいた。川田哲司さんはそれとは違う様に思えた。
僕の頭に手を置いて、髪をくしゃくしゃとした。そして、ポンポンと頭を軽く叩いた。こんな風にされたのは父親以来だった。
「変な感じやなー。ホンマ、同い年やもんなー。もしお前が俺みたいに年とってたら、おっちゃん言われてんねんぞ。」
川田哲司は、いたずらな気持ちを含んだ横目で僕を見た。けれど僕は、
「そんな・・・もしもの事なんか考えないです。もしもって思った時には、もうそれは遅くて無理なことなんやから考えるだけ無駄です。」
と言った。
僕は、今までに何度も、もし僕がジュンネンじゃなかったら、もし両親が死んでなかたらと考えた。けれど、考えても起こってしまったことはどうにもならない。もしもなんてないんだ。考えるだけ空しいだけ。
「・・・なんやお前、ガキやけどその辺のガキと違うなー。」
川田さんはパンツのポケットからタバコを出して、僕に吸っていいか了解を得て火をつけた。
「俺、お前に会いにきた言うたやろ。」
そういえばそんなことを言っていた。空へタバコの煙を吐く川田さんを見上げた。川田さんはタバコを消波ブロックに押し付けて消し、真面目な顔をして僕を見た。
「あんなー、俺の身内にもお前と同じ人がおったんや。俺の祖父ちゃんの弟になるんやけどな。」
初めてだった。自分以外のジュンネンの話を聞くのは。
「でも、もうおらんへん。この前死んでしもた。自殺や。自殺ってわかるか?」
僕のほうを見て聞いてきた。
僕は頷いた。
「高校生ぐらいの年になってたんやけどな。俺、兄弟おらんかったから、兄ちゃんみたいに思とって。親父が兄ちゃんの年超えて、そのうち俺も越えてもて。それでも弟やのうて兄ちゃんなんや。ずっと兄ちゃんて呼んでたんや。ずっと後着いてたわ。でも、ジュンネンやいうことで俺らの知らんとこでずっと苦しんでたんやな。ある日急に何日もおらんなった。そしたら兄ちゃんから手紙が届いたんや・・・」
しばらく川田さんの話が途切れた。
見ると目が赤い。僕は黙ったまま待った
次に話し出した時には声がかすれていた。
「この手紙が届いたときにはもう自分は生きてへんて書いてあったんや。」
川田さんの目から突然ポロリと涙が落ちた。
落ちた涙に川田さん本人も驚いたみたいで、親指や中指で拭い僕のほうを恥ずかしそうに見た。
「中にはな、もう疲れたって。ゴメン、哲って。みんな周りは言うんや。いつまでも若くていいなー羨ましいなーて。いいわけあらへん!」
後半、声を荒げた。
「みんな普通に年とっていくのに兄ちゃんだけ置いて行かれるんや。兄ちゃんより後から生れたもんも先に死んでいく。俺かってそのうち爺さんになっておらんなる。残されるもんの、ジュンネンの気持ちは兄ちゃんにしかわからへん。そやろ。」
川田哲司は絞り出すように喋った。
「あ、すまん。」
口調がきつくなったことを僕に謝った。僕は気にしていないと首を振る。
また落ちそうになった涙を目に戻すように空を見上げた。
「手紙には自分がどこにおるか書いてあってな、親と祖父ちゃんは家で待っとけ言うたんやけど無理やり着いていって・・・。そしたら眠っとるような顔やった。解放されたんやなー。」
僕は夕方の沈みかけた太陽を見た。そろそろ帰らないとお祖父ちゃんたちが心配する。でも、僕は話を聞きたかった。
「今までにも何人かジュンネンが自殺しよるいうんは聞いとったけど、まさか兄ちゃんに限っててやつや・・・ずっと一緒におったのに、兄ちゃんの気持ちに気付かへんかった。もし、気付いとったら・・・今さらもしもて思てもどないもならんか。お前の言う通りや・・・死んだもんは楽になるかもしれへん。でも、残されたもんはツライ・・・兄ちゃんもわかってるはずやのにな」
川田哲司は僕を見て、小さく笑った。
「お前は兄ちゃんの年にはまだまだやけど、いじめなんかにおうてそんなこと考えてへんか?」
僕は少し考えた。
「僕は・・・まだよくわからないけど、でも、お父ちゃんとお母ちゃんが守ってくれたから・・・だから、そんなことしちゃいけないんじゃないかなって思う・・・」
「そうか、お前のオトンとオカンは震災で亡くなったんやったな。」
僕たちは肩を並べ、しばらく黙ったまま夕日を眺めた。
突然目の端に、スッと何か飛んできたように映った。
ゴミが飛んできたのかと思ったら、白と黒の混じった鳥だった。
僕たちの正面に降りてきた。
「セキレイやな。」
川田さんが言った。
セキレイという名前の鳥らしい。小型のコロンとしたかわいい鳥だ。
「何や、あのセキレイ片足ないいわ。」
言われてよく見るとその通り一本足で立っていた。一本の足で、上手にちょんちょんと進んでいく。
「すげーなー。生まれつきなんか、何かに襲われたんか。立派に生きとんやなー。」
僕もそう思った。
「もう帰らな家の人心配するな。悪かったなつき合わせて。」
僕は首を横に振った。川田さんは立ち上がり、座りっぱなしで固まった体をほぐすように背伸びをした。
「あー、最後に会えて良かったわ。俺、仕事で神戸離れるんや。また会えたらええなー。お前は負けるなよ。」
僕も会えてよかった。話が聞けてよかった。
「はい、また会いたいです。あ、病院行って下さい。」
「あ、忘れとったわ。」
笑いながら頭をさすった。イテテと言いながら、タバコを出して火をつけた。
僕も立ち、お尻を払いランドセルを背負い直した。
「あ、何やお前、足怪我しとんちゃうか?」
川田さんの視線が、僕の太ももで止まっていた。
時間がたち、太ももの怪我を隠すのを忘れてしまっていた。
「もう痛くないから大丈夫です。」
「はよ言うたらよかったのに、悪かったなー。」
痛みはほとんどなく、傷口の血は固まっていた。
川田さんはここでタバコを吸い終わってから帰るというので、僕だけ先に帰った。途中、何度か振り返ると、その度手を振る姿が見えた。そのうち見えなくなった。
家の前では、いつもより遅い僕を心配してお祖母ちゃんが待っていた。僕の姿を見つけると安心してホッとした顔を見せ手を振る。
「佑くん、おかえりー。」
僕も手を振り、ランドセルが揺れない様に両手でベルトを握り締め、後少しの距離を走った。
ほんの少し息が切れた。
「お祖母ちゃんただいま。遅くなってゴメンね。」
「はいはい、お家入ろか。」
お祖母ちゃんが僕のランドセルに手を掛け、家のほうへ促す。
僕は大丈夫だよ。




