9.ペロン茸のスープ
オーロンはとにかく損得勘定を考える男であり、それのおかげで密輸業者として成功を収めたと胸をはるタイプの男だった。
その夜、川辺に馬車を止め、オーロンは昨日の損得を計ってみた。
「昨日は大損だ。ブランをぶっ殺されて、イカれたメスガキが転がり込んできた」
次に今日一日に失ったものと新たに得たものを計ってみた。
まず失ったもの。ピストル一挺と古い地図。それに毛布が全部なくなった。
だが、得たもののほうが多い。まず新しい地図。それに雷管式ピストル三挺と燧発式の古いピストルが二挺。黒いマント二枚、レイピア一本とサーベルが二本、短剣が数本に弾丸と雷管、火薬が少し。みなエルテに殺られて教会の前庭や畑に転がっていた暗殺者たちの持ち物である。ついでに教会に置いてあった銀製の祭具も全て貰った。本物の神父は裏手の部屋で既に殺されていたからだ。
オーロンは戦利品を箱につめながら、上機嫌に口笛を吹き、食事の支度にかかった。それを横目にエルテが皮肉っぽく言った。
「私が言うのもなんだけど……あなたって、かなりあくどいわね」
オーロンは鼻で笑って言い返した。
「軽蔑するならどうぞご自由に。十四かそこらのガキに嫌われたって屁とも思わん。それより樹海を出た後、一文無しってほうが大問題だ。宿にも泊まれないし飼い葉もやれない。すると俺の機転が役に立つ。こうやってかき集めた戦利品が救世主にも思えるのさ。ピストルと銀の祭具は質屋に持ち込めるし、粗ラシャの黒マントは古着屋が買ってくれる。こういうスカした黒マントは意外と売りやすいかもしれねえからな」
エルテはマントを引っ張り出してくるまってみたが、間もなく箱に戻した。
「期待はずれ。このマント、寒くてイヤ。なんで貰った毛布を先生に投げたの? おかげでズタズタにされたじゃない」
「あのな。俺がもともと持ってた毛布をボロ雑巾にしたのは誰だ?」
エルテは少しバツが悪そうな顔をして笑った。
「あのときはつい興奮しちゃって」
つい興奮どころの騒ぎではない。こっちが偽神父に膾にされかけている間、こいつは四人の黒マントを弄ぶように切り刻んでいたのだ。
「ま、いいじゃない。先生も片づけたし。あなたのこと、少し見直したわ。よく先生を倒したわね。トドメを入れ忘れたのはよくなかったけど、なかなかよ」
採点するような口振りにムカッときて、オーロンは鍋を乱暴にかき回した。
本来のオーロンは気難しい男ではない。皮肉っぽい言動の反面、気さくなところもあり、ブランと酒場に繰り出せば、場に打ち解けるのはいつもオーロンのほうだった。
鍋からまだらペロン茸のスープを皿にとると、白パンをひたして、熱いうちに頬張る。
「うん、うまい」
エルテはそれを少し羨ましそうにちらちら見ながら、味気ない乾パンと色の悪い干し肉をかじっていた。
「また、それか」と、オーロン。「そんなのばっか食ってるから、寒がりになるんじゃねえのか? 本当は腹減ってんだろ?」
「減ってない。もうお腹いっぱ……」
ギュルルルゥ……
エルテが背中を向けるとオーロンがけらけら笑った。
「なんだ、ただの痩せ我慢じゃねえか」
マグカップにスープをたっぷり入れてやるとエルテのすぐそばに置いてやった。
が、エルテはなかなか手をつけようとしない。オーロンがにやにや笑っているからだ。
ただ、我慢しきれるものでもない。まだらペロン茸とバターのいい匂いが香ってきて、また小さな腹鳴りが聞こえてしまう。
「ま、隠しきれるものでもないぞ」
スープを温めなおし、今度はパンと一緒に置いた。
エルテは無言で食べた。関心がないような顔をして空になったコップを返しながら、さりげなく他にどんなスープが作れるの、と聞いてきた。
「いろいろ。立ち寄った町の市場による。港町なら蟹のスープ。チーズの産地なら焦がしチーズのスープ。今日みたいにペロン茸が取れればキノコのスープだ。あ? どうだ、うまいだろ?」
「悪くはないわ。もうお腹いっぱいだけど、どうしてもって言うならお代わりしてあげてもいいわよ。残しちゃもったいないし」
オーロンは意地悪く笑った。今までナメられっぱなしだったが、このメスチビの弱点がようやく見つかったぜ。
オーロンはしらっととぼけて、
「いやいや、気にするな。無理して食べると腹こわすぞ。残りのスープは俺が片づけるからお前は安心して乾パンかじってな」
と、これ見よがしにスープをすすり、キノコをかじった。
「くぁあ! うまい! やっぱキノコのスープはまだらペロン茸にかぎる! この風味がたまらないんだな」
自分から欲しいと言い出せないエルテはかなり無愛想な顔をし、武器の手入れを始めた。粗末な木綿を広げ、湾曲した二本の鎌の刃と猟刀、短剣、斧の刃、隠しナイフをつまらなそうに転がした。
「またずいぶんいっぱい持ってやがるな」
オーロンは口をもぐもぐさせながら冷やかした。
エルテは刃物を磨いだ。その鏡に爪を立てたような研ぎ音があまりにも甲高く耳障りなので、オーロンは耳を塞いだ。
「そのギィーってのやめろ!」
だが、エルテはやめない。本人もこの音は好きにはなれないが、スープを向こうから勧めてくるまでは粘って刃をギリギリ鳴らし続けるつもりだった。
「わかったよ! 素直に欲しいって言えばいいだろ!」
オーロンはさっきと同じようにコップをスープで満たし、エルテに差し出した。
ところがエルテはまだやめない。二枚の鎌をカリカリ摺り合わせ、火花を散らしながら殺人的な騒音を撒き散らす。
オーロンは一番大きいペロン茸をコップに放り込んだ。
騒音がぴたりと止む。
エルテはさっとコップを取ると、ふうふう吹き冷ましながら、キノコを頬張った。
「マジで性格の悪いガキだぜ」オーロンは耳をほじった。
食事が終わるとエルテは少し満足げな様子で刃物の手入れを始めた。さっきと違って、ずっと静かに刃を擦った。
満腹感が眠気を誘う。オーロンは大樹の窪みにもぞもぞ入り込むとそこに寝床を整えた。
「じゃあ、今日も見張りだ。敵がきたら、ちゃんと起こせよ」
オーロンはものの数秒で寝入った。
「冬眠する熊ってとこね」
エルテは図体のでかいオーロンがいびきをかいて心地良く転がるのを皮肉った。
「さて、と」
そっと立ち上がり、オーロンの荷物を漁る。エルテには回収しなければならないものがあった。
「『アレ』を手に入れますかっと……」




