4.取引
少女が消えるとオーロンはすぐにブランの安否を確かめた。
うつ伏せに倒れているブランをひっくり返すと崩れた頭蓋から右目がこぼれ落ちた。
「ブラン……なんてこった」
ブランの体から札入れと懐中時計、長靴に隠した金貨一枚を抜き取る。死人には必要ない。
亡骸を道端まで引き摺り、石の上に座り込む。
分からないことだらけだ。
あの黒マントの男たちは何者か? 密輸タバコを狙った盗賊にしては少しやりすぎだ。
そして、あの灰色髪の少女は何なんだ? 無愛想なチビだと思っていたら、とんでもない。襲ってきた黒マントを片っ端から斬り殺していった。特殊な訓練を受けた身のこなし。
ありゃあカタギじゃないぞ。俺たちのタバコ目当てじゃないとなると、あの黒マントの目的はあのガキじゃないのか?
そう思うとここで待っているのもあまり賢いとはいえない。巻き込まれるのはゴメンだ。子供を樹海に置き去りにするのは忍びないが、まああれだけ強いなら独りで何とかなるだろう……
オーロンはこういうとき打算で行動できる男だった。
「善は急げだ」
御者台に乗り込み、手綱をつかもうとすると……
「どこへ行く気?」
後ろから声をかけられた。
灰色髪の少女は既に荷台に乗っていた。手に握られたナイフからは血が滴っている。
「逃げるのさ」
オーロンはゾッとしつつも素直に言った。
「奴らなら始末したわ」
「お嬢ちゃん。あんたから逃げるんだ。悪く思うな。厄介事に巻き込まれるのは御免だからな」
「私から逃げる?」
少女は小首をかしげたが、やがて荷台を降りた。
「どうぞ。ご自由に」
また少女が不敵に笑った。
オーロンはそれが気に食わず、何がおかしいとたずねた。
「ふふっ、あなたが考えてることをあててあげるわ。あの黒マントの男たちは私を狙っているから私から離れれば安全と思ってるんでしょ? 違うわ。奴らの狙いはあなたよ」
「密輸タバコごときであんな強え盗賊が襲ってくるもんか!」
オーロンは図星を食らってムキになった。だいたい狙われる覚えなんてない。
「タバコ? あなた、自分の積んでいる荷物を知らないのね」
たかだか十四の小娘に小馬鹿にされた笑いを投げつけられ、オーロンはかっかし始めた。
「おい、いいか? 俺はお嬢ちゃんが赤ん坊のころからこの商売で食ってきたんだ。その俺様が自分の運んでる品物も知らずに運び屋なんかやってると思うか? よし見せてやる」
オーロンは箱を叩き割った。
「ほら、タバコがざっくざく……なんだ、これ?」
箱の中は藁くずがぎっしり詰まり、気づかれないためにつめたと見られる重石の石ころも少し混ざっていた。
「藁…わら…ワラ……?」
オーロンはぽかんとして藁くずをかき回すが、芳醇な香りが自慢のエルフロア煙草は一本も見当たらなかった。
「畜生! あの親父、だましやがったな!」
オーロンの脳裏にはこの煙草を売りつけた密輸業者の顔がまざまざと思い出された。あのイタチ野郎め! とんでもねえ! 煙草と見せかけて藁を売りつけやがった。
「ブラン! あんたもあんただぜ! ちっとは気づけよ!」
死体にいちゃもんをつけるオーロンを少女がクスクス笑っている。
「その笑い方やめろ! 頭にくる!」
オーロンは残り二つの箱を叩き割った。何か金目のものがないか必死に探したが、見つかったのは……
「おい、なんだこれ? 煙草はこれ一本だけか?」
紙巻煙草が一本、油紙にくるまれているだけだった。
オーロンはがっかりしてそれを懐に仕舞うと少女が思いがけないことを言った。
「樹海を抜けるまであなたを守ってあげるわ」
「はあ?」
言ってる意味がさっぱり分からん。このメスチビが俺を守る?
「あなたの命を保証してあげるって言ってるの。樹海の入り口で待ってたのもそのためなんだから」
「うれしいねえ。女に待っててもらうってのは悪くないがな、お嬢ちゃん。あと四年、いや俺の好みならあと六年は待ってもらわないとな。悪いが、俺はガキに興味はねえ」
少女は無視してブランの死体を見下ろした。そして、ブランの外套の裾を引っ張るとそれでナイフの血を拭った。
「おいおいおい、死者には敬意を払え」
ブランが生前、少女をかわいがっていたことが思い出される。少女の人を人と思わぬ行動が癪に障った。
オーロンの非難に少女も言い返した。
「あなただってお金と時計を抜き取ったでしょ?」
責められる筋合いはないというのだ。オーロンは年相応とは言い難い少女の態度に憤然とした。
「あれはいいんだ。死人に金なんかいらん。俺が殺られてれりゃ、ブランもきっと同じことをした」
灰色髪の少女はまた忍び笑いをして、荷台に乗り込んだ。
「まあ、私にはどうでもいいわ。さっきの話だけど……。私は樹海の抜け方が分からない。でも、あなたは知っている。あなたを守る代わりにあなたは私を樹海の向こうまで連れて行く。どう、悪い条件じゃないわ」
歳に似合わず、小賢しい微笑を使うガキだな。オーロンは呆れ果てた。
小生意気で冷血な小娘に足元見られて条件を提示されるのは面白くない。
だが……これは悪い条件でもない。
オーロンにはあんな強面連中に狙われる筋合いはなかったが、どこで恨みを買うか分からないのがこの世界でもある。密輸業者というのはとにかく狂った奴らが多く、たった一クーの銅貨が原因で撃ち殺されたやつもいれば、シャツが気に食わないというだけで半殺しにされたやつもいる。自分だって、何が原因でどんな連中に睨まれてるか分かったもんじゃない。
「よし、いいだろう。ただし、森を抜けるまでにあの連中を何とかできるのか?」
「簡単よ」少女は言った。「皆殺し♪」
少女はまたクスッと笑った。




