3.襲撃
ブランが荷台に倒れるころに二発目の銃声が鳴り、車体に弾丸がめり込んだ。
「畜生ッ!」
オーロンが鞭を打ち、馬を走らせた瞬間、三発目の銃声がなり、御者台のランプをかすめた。
突然の鞭に馬が口から泡を吹きながら、全速力で走る。
「くそっ、くそっ、くそっ!」
オーロンは後ろを見た。少女が身を低くしながら、ブランの首筋に手を当てて脈を取っていた。
「ブラン! おい!」
ブランから返事はなく、代わりに右側から銃弾が空を切る音が鳴ってくる。
オーロンたちが走っている道と平行に右の斜面の上を小道が走っている。 そこに馬で駆ける黒マントの男が木々の隙間から見えた。男はオーロンの馬車と並走し、単発ピストルを片手に持っている。
畜生っ! 憲兵か? それとも盗賊か? 一体どこから尾行してたんだ? 一体数は何人だ? 上の道を走ってるやつだけか?……
オーロンの思考を嘲笑うように背後から弾が飛んでくる。後ろを見るとつば広帽を被り、白い仮面で目元を隠した黒マントの男が三騎、オーロンの馬車に執拗についてきている。
オーロンは生き残るために必死に頭を巡らせた。馬車を捨てて品物を渡すか? それで引き下がるような連中にも見えない……
オーロンはベルトからピストルを抜くと右の道を走っている男目がけて一発撃った。
弾は当たらず、黒マントの男は両手に持った二挺のピストルを撃ち返した。一発がオーロンの帽子を貫通した。
「おい、お嬢ちゃん! しっかりつかまってろ!」
オーロンは馬の尻を血が吹くほど鞭打った。しかし、荷台を曳いているオーロンと黒マントの男たちでは速度に差がありすぎる。後ろについた一騎が速度を上げ、馬車に近づいた。
オーロンが後ろを振り返ると、もう黒マントの男は細いレイピアを抜き放ち、荷台に飛び移る直前だった。
荷台にはさっき拾った灰色髪の少女がいる……
やばいっ! オーロンは御者台にくくりつけてあるラッパ銃を取ろうとしたが、手綱から手が離せず、うまくいかない。
ズシンという音。馬車が揺れる。もう黒マントの男が荷台に飛び移り、少女の胸にレイピアを突き刺そうとしていた。
「逃げろ!」
オーロンの叫びも空しく、刃物が肉を突き破る音とともにゲェッという喘ぎ声が響いてくる。
やられちまった……。次は自分の番か……。
虚脱してオーロンが振り返ると……
黒マントの男が喉を刺し貫かれていた。男が持っていたレイピアはどういうわけだか少女の手に収まり、その刃が柄ギリギリまで男の首に刺し込まれている。
どういうこった?
オーロンが驚いている間に少女はレイピアを握ったまま黒マントを蹴り放し、自分の髪から鋭い金属片を取り出した。小さな投剣だった。それがヒュッと軽い音とともに後続の黒マントへ放たれる。
投剣は男の胸に吸い込まれるように飛んでいった。胸をやられた黒マントは悲鳴を上げながら馬から落ちた。
少女は無表情に敵を屠っていく。次は右の小道を走る男の番だった。
男は斜面を無理やり馬で下り、馬車の前に躍り出ようとした。
少女はオーロンの肩に手をおき、そっと囁いた。
「頭を低くして」
オーロンは言われたとおりに頭を下げた。
またヒュンと風を切る音がし、オーロンの頭を金属製の何かが擦った。
オーロンが顔を上げたとき、目の前にいたはずの黒マントは少女が放ったレイピアを食らい、左の斜面へ転がり落ちていた。
「あと一人……」
そうつぶやくと少女は荷台に戻り、後ろの敵と対峙した。
最後の黒マントがサーベルを振りかざして、荷台に飛び移る。
振り下ろされる刃を難なく避けると、二本の短剣が少女の袖から両手へするりと収まった。
横薙ぎにされたサーベルを短剣で受けると、身をめぐらし、相手の腕を脇でがっちり抱え込む。少女は背中から男の懐に飛び込んだ。
腕を封じられ、無防備になった男の喉下を少女は不敵に見上げ、クスッと笑った。
「ひ……」
年端もいかない少女の殺気に圧倒され、黒マントは白い仮面に隠した顔を恐怖で歪める。
少女はサーベルに当てていた短剣を素早く振り上げ、相手の喉を十字に裂いた。
返り血を浴びないよう、器用に男から離れる。
男は喉から噴き出る自分の血に目を丸くしながら、荷台から転げ落ちた。
「馬車を止めて」
オーロンは何がなんだかわからず、言われるままに馬車を止めた。
少女は苔で湿った石の道に降り立ち、四つん這いになると耳を地面につけた。
木々のざわめきと左の暗がりを流れる渓流の水音しかオーロンには聞こえなかった。
しかし、少女には聞こえた。渓流のほうに二つの足音。もう馬は降りている。
「まだ二人残ってた」
少女は自分の荷物から、大きく分厚いナイフを取り出し、「五分で片づける」と言い残し、斜面を降りていった。少女の姿はすぐ暗がりの中に消えてしまった。




