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2.断れない人

昼休みの学食は騒がしかった。

紬は端の席で一人、スマホを見ながら急いで昼食を食べていた。

午後の講義まであと二十分。

講義が終わったら、図書館へ行って、昨日借りた本を読まなければならない。

来週締切のレポートも進めたい。

頭の中は予定でいっぱいだった。

「紬ー!」

聞き慣れた声がした。

同じ学科の友人、加奈だった。

「ここ座っていい?」

「うん」

加奈は向かいに座るなり言った。

「あのさー、福祉政策論のレポート終わった?」

紬は少し嫌な予感がした。

「うん、一応」

「やっぱり!」

加奈は嬉しそうな顔になる。

そして続けた。

「写させて!」

紬の手が止まった。

まただ。

加奈は悪い人ではない。

普段は優しいし、一緒にいて楽しい。

でも課題やレポートの時期になると、こういうことが増える。

「参考にするだけだから!」

「でも……」

断ろうと思った。

本当に思った。

だけど。

加奈の顔が曇る想像をしてしまう。

嫌われたらどうしよう。

冷たいと思われたらどうしよう。

たったそれだけで言葉が出なくなる。

「……少しだけなら」

結局そう答えてしまった。

加奈はぱっと笑顔になった。

「ありがとう!」

その笑顔を見て紬も笑う。

笑うしかなかった。


その日の放課後。

図書館の窓際席。

紬はノートパソコンを開いていた。

午前中に書いたレポートを見ながらため息をつく。

本当は嫌だった。

何時間もかけて調べた。

資料を探した。

文章をまとめた。

だから簡単に渡したくなかった。

でも断れなかった。

いつものことだ。

高校の頃もそうだった。

「ノート見せて」

「プリント貸して」

「代わりにやっといて」

気づけば頼まれる側になっていた。

嫌だったはずなのに。

気づけば引き受けている。

断る勇気がない。

「またため息ついてる」

突然声がして顔を上げる。

高瀬だった。

紬は少し驚く。

「そんなに出してました?」

「結構」

高瀬は笑った。

「課題?」

「まあ……」

紬は曖昧に答える。

別に話す必要はない。

そう思った。

しかし高瀬は無理に聞こうとはしなかった。

代わりに本を返却棚へ戻しながら言う。

「朝倉さんって」

「はい?」

「頼まれごと断れなさそう」

紬の心臓が一瞬止まる。

「え?」

「違った?」

思わず言葉に詰まる。

図星だった。

どうして分かったのだろう。

「そんな顔してるから」

高瀬はさらりと言う。

「そんな顔?」

「困ってるのに断れない人の顔」

紬は何も言えなかった。

そんな顔をしていたのだろうか。

自分では隠しているつもりだった。

しばらく沈黙が流れる。

高瀬は棚の整理をしながら言った。

「俺の勝手な意見だけど」

「はい」

「断るのって悪いことじゃないと思うよ」

紬は視線を落とす。

そんなこと分かっている。

頭では分かっている。

でもできない。

だから困っているのだ。

高瀬はそれ以上何も言わなかった。

説教もしない。

アドバイスもしない。

ただ仕事に戻っていく。

その姿を見送りながら紬は思う。

不思議な人だ。

踏み込みすぎない。

でも時々、見透かされたようなことを言う。

帰り道。

夕焼けの空を見上げながら歩く。

スマホには加奈からのメッセージが届いていた。

『レポート助かった!ありがとう!』

その言葉を見て。

嬉しいような。

苦しいような。

そんな気持ちになる。

自分でもよく分からなかった。

ただ一つ分かるのは。

今日、高瀬に言われた言葉が妙に残っていることだった

――困ってるのに断れない人の顔。

紬は小さくため息をつく。

そして気づかない。

その言葉が、少しずつ自分自身を見つめるきっかけになっていくことに。

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