第二話 フロレンティア・カレッジ
「ここが、フロレンティア・カレッジ……!」
王都郊外に建てられたその学園は、白亜の校舎と広大な敷地を誇っていた。
敷地内には講堂や演習場はもちろん、学生寮まで備えられており、生徒は原則としてそこで生活するらしい。
入学には学力だけでなく魔術の適性も求められる、名門校であり超難関校だ。
ちなみに、カレッジと名は付いているが、制度としては前世日本の高校に近い。
(それにしても、お父様の方から入学を提案してくれたのは、ラッキーだったな……)
お父様としては、難関校の入試に放り込めば諦めるという思惑だったのかもしれないが。
どのみち、聖女として動くならフロレンティア・カレッジへの入学は必要だった。
そのために魔術も一般教養も全力でコソ勉してきた私に隙はない。
……入学金は、お父様達に払わせてしまったし、バカにならなかったけれど。
その分、絶対に無駄にはしない。そう思いながら歩いていると。
――どんっ。
「わ……!」
……他所見をしている内に、目の前の角から現れた人影に正面衝突。
吹き飛んだのは――相手の方だった。
「……ご、ごめんなさい!お怪我はありませんか!?」
痩身の男子生徒――同じ色のローブを着ているところを見るに、新入生だろう――に声を掛ける。
……にしても、痩せているとはいえそこそこタッパのある男子を吹っ飛ばせる私って……ちょっと鍛錬し過ぎただろうか……?
「ああああ、すみませんすみません……」
地面にへたり込んでいる青年は、かなり狼狽えているようで目線が合わない。
落とした鞄を拾い上げるが――その拍子に、中身が全部、ばらばらと零れ落ちた。
「あ、手伝います」
「す、すみません……本当に……」
どうやらかなりのドジっ子らしい。
散らばったノートやら筆箱やらを拾い集めながら、ふとノートの一つに名前が書いてあることに気づき、何気なく視線を落とす。
――ルシウス・セントーレア。
「……え?」
(うそ。待って。本物!?)
思わず声が漏れる。
「……セントーレア先生……?」
「……?何で俺の名前……あ、ノートか。」
「あっ、いえ、その……名前が知り合いと同じで」
「へえ……今までの先生とかですか?」
「あ、ええと、はい」
忘れるはずがない。「ルシウス・セントーレア」は、『花牢の聖女と三つの誓い』に出てくるNPCだ。
教師として主人公達に治癒魔法を教える他、医務室に常駐して養護教諭のような仕事もしていた。
はじめは偏屈で冷たいが、交流をし続けると素の温かさが見える――そんな、私の「最推し」だった。
まさかこんなところで会えるとは思わなかったが……本編での主人公達との年齢差を考えると、確かに今年が入学年でもおかしくはない。
「……先生かあ……すごいな。同じ名前でも……俺はそんなふうになれそうにないや……」
と、セントーレア先生(仮)は自嘲するように言った後すぐ、はたと気づいたようで、
「す、すみません!変なこと言って……」
「いえ、大丈夫ですよ」
……ゲーム本編での印象と異なり、随分と気弱な青年のようだ。
偏屈で気難しい人物ではあったが、少なくとも、こんなふうにおどおどと謝り続けるタイプではなかったはずである。
内面はともかく、見た目は、確かに面影がある。
深緑色のゆるくウェーブがかった髪は、見慣れた立ち絵より幾分か短いひとつ結びで、結び目に小さなリボンが揺れている。
(これこれ、確か年の離れた弟妹からの贈り物とかいう激かわ設定が付いてるやつだ……)
件のリボンは、見たところ新品に見える。
とすると、弟妹からの贈り物というのは、入学祝いだったのだろう。
ともかく、目の前の青年が“若き日のセントーレア先生”であることは間違いなかった。
しかし、前髪が長く顔立ちはよく見えない。
……いや、よく見えないというか、本人がずっと俯いているせいもあるのだが。
そんなことを考えている内に、いつの間にか荷物はすべて拾い終わっていた。
それでは、と去ろうとする彼が向かった方向に、ふと違和感を覚えて呼びとめる。
「あの!」
「は、はい」
「ローブの色……新入生ですよね?入学式の講堂はこちらですが……」
きょとんとした顔をした後、彼は困ったように眉を下げた。
「あ……えっと……もしかして俺、場所間違えてました?」
「多分、はい……」
どうやら方向音痴属性まであるらしい。何というあざといギャップだろう。
「もしよければ、一緒に行きます?」
「た、助かります……」
ルシウスはぺこぺこと頭を下げながら、私の半歩後ろをついてくる。
……何だろう、この小動物感。背丈は大きいのに。
「何から何まで世話を焼いて貰っちゃって……本当にすみません……」
「いえいえ。私も一人で行くの心細かったので……それに、困ったときはお互い様ですよ。」
「……ありがとうございます。」
歩きつつ、しばらくあれこれと話していたが、ふと気まずい沈黙が落ちる。
……まあ、ゲーム本編でも寡黙寄りのキャラだったし、そこはむしろ解釈一致ではある。
話題を探して、そこでふと、まだ名乗っていなかったことに気づく。
「あ、そういえば私、イザベル・デ・オルティッツといいます。」
「ルシウス・セントーレア……です。もう知ってるとは思いますが……」
名乗りあった途端、彼の顔が僅かに曇る。
「オルティッツ、って……公爵家のですよね」
「そうですけど……」
彼の肩がぴくりと強張った。
さっきまで以上に落ち着きがなくなっているあたり、また動揺しているらしい。
「……すみません。俺、そういうの知らなくて普通に話しちゃって……」
「え?」
ふ、と彼の顔に影が落ちる。
「俺は平民なんで……そんな丁寧に話して貰わなくても大丈夫ですよ」
――衝撃の事実。確かに、ゲーム本編でもファンブックでも、セントーレア先生の出自は明かされていなかった。
前世であれば貴重な推し情報の供給として喜んでいるところだが……今世ではそうもいかない。
「何か、隠してたみたいになってすみません……」
おそるおそる、といった声音に、私は思わず瞬きをした。
「?何で謝るんですか?」
「……え?」
「そんなことで謝らなくても……。別に嫌なことをされたわけでもないですし。そもそも、名乗らなかった私も悪いっていうか」
きょとんとしたまま言うと、彼は面食らったように目を見開いた。
その拍子に長い前髪の隙間から、ちらりと瞳が覗く。
――あ、今ちょっとだけ顔見えた。
理知的なハシバミ色の瞳。
ゲームの立ち絵で何度も見たそれより、ずっと幼くて、少し所在なさげだった。
そうこうしている内に、講堂が近づき、周囲の人影も増えてきた。
「じゃ、私の席あっちだから先に行くね。これからよろしく、ルシウス……君、でいいかな?」
「……よろしく、お願いします。イザベル……さん?」
敬語は結局外れなかったけれど……まあ、こんなものだ。自分と彼の立場が分からないほど、今世の私は世間知らずではない。
公爵令嬢である私がこれ以上距離を詰めれば、彼が周囲から何を言われるか分からない。
そもそも、彼もそんなことは望んでいないだろう。
そこに押しかけるのは、下手をすれば前世日本でいうところのパワハラである。
これからよろしく、とは言ったものの、恐らく今後深く関わることはない。
――推しと今世でもお近づきになれなさそうなのは、少し悲しいけれど。
お読みいただきありがとうございました。




