第三話 NPCの憂鬱①
これからよろしく、とは言ったものの、恐らく今後、ルシウスと深く関わることはない。
――そう思っていたのだけれど。
(……っ、近い……)
今の私は、医務室のベッドの上で、ルシウスとほとんど密着するような体勢で身を潜めていた。
薄いカーテン一枚隔てた向こう側からは、誰かの足音と話し声が聞こえてくる。
(何だって、こんな事に……)
心臓が、嫌になるほど煩い。 というか、近い。距離が近すぎる。 男子とこんな至近距離になった経験なんて、前世込みでもほぼないのだけれど。
――事の発端は、今日の朝まで遡る。
入学式から数日。
オリエンテーション期間も終わり、いよいよ本格的な授業が始まろうとしていた。
――のだが。
「また休みか?」
教壇の教師が読み上げる出席名簿に、教室の空気がざわつく。
「エドガー・リースベル」
「体調不良だそうです」
「リリー・フォン・ターナー」
「今日も欠席でーす」
それも一人、二人の話ではない。
ここ数日、体調不良による欠席者が妙に多かった。
季節の変わり目だから、と片付けるには、どうにも違和感がある。
前世で病院通いが日常だった私は、人の顔色や体調の変化にはどうしても敏感だった。
「先生〜、これ普通に授業やってて大丈夫なんですかぁ? 何かヤバい流行り病とかだったりしません?」
間延びした声ながら、妙に核心を突いた質問をしたのは、私と同室の女子生徒、カンナ・ツキシロだった。
彼女の言う通り、流行り病の可能性は、確かに高い。 たかが風邪――と侮ってはいけない。
前世でインフルエンザを拗らせて死んだ私が言うのだから、間違いない。
だが、教師の反応はどこか素っ気なかった。
「考えすぎですよ、カンナさん。この時期は毎年、体調を崩す生徒が増えますからね」
やんわりとした口調ではあったが、取り合う気はないらしい。
カンナは「そっすかぁ」と軽く肩を竦めて引き下がったが、私は何となく引っ掛かりを覚えた。
……彼女が、この国の生まれではないからだろうか。
ツキシロ、という名字からも分かる通り、カンナは東方系の人間だ。留学生とのことだった。
艶のある黒髪に、少し吊り気味の琥珀色の瞳、独特のイントネーション混じりの話し方。
その上、カンナ本人もどこか掴みどころのない雰囲気をしている。
だが、私は彼女の人間性を――本当に短い間ではあるが、寮で共同生活をした身として、少しは分かっているつもりだった。
彼女は軽そうに見えて、案外周囲をよく見ている。制服も着崩して見えるのに、不思議とだらしない印象はない。
だからこそ、先程の“流行り病ではないか”という指摘も、単なる思いつきには聞こえなかった。
……あと、前世の高校で何かと絡んd……もとい仲良くしてくれていた子にちょっと似ている。なので、何となく親近感がある。
「カンナ? どこ行くの?」
移動教室へ向かう生徒達の流れに逆らうように歩いていく背中を見つけ、私は声を掛けた。
「あー、ちょっと医務室」
カンナは振り返り、ひらひらと手を振る。
「最近ずっと休んでるリリー、いんじゃん? 今日は教室棟までは来れてたみたいなんだけど、そこでまた体調崩しちゃって。医務室に運ばれたらしいんだよね〜。だから、お見舞いでも行こうかなって」
軽い口調ではあるが、その表情にはちゃんと心配の色が浮かんでいた。
「じゃあ、次の授業は……」
「初回授業なんて、大したことやんないでしょ」
けろりと言い切るカンナに、思わず苦笑する。
……何というか、前世で通ってた大学にもこういうタイプの学生、いた気がする。
「……私も行こうかな」
「え? イザベルさんが?」
カンナは目を丸くした。心底意外そうな反応である。
「……そんなに意外?」
「いやだって、真面目そうだし。こういうのサボるタイプじゃなさそうっていうか」
今度はこちらが目を丸くする番だった。
原作のイザベルがどうだったかは知らないが、少なくとも前世込みの私は、そこまで品行方正な人間ではない。
「サボるわけじゃないでしょう。お見舞いだよ」
「あはは、それはそう」
カンナは楽しそうに笑った後、ふと思い出したように声を潜める。
「でもいいの?うちのお嬢様に悪い遊び教えやがって〜とか言われて、護衛の人達に怒られない?」
思い当たる顔は、正直何人かいた。恐らく今もどこかで見守っているであろう護衛達である。
「大丈夫だよ。別に授業を丸一日サボる、ってわけじゃなし。護衛の人たちも、お見舞いに行くなとは言わないでしょ。それに……」
そう言うと、私はわざとらしく肩を竦めてみせた。
「初回授業なんて大したことやんない、でしょ?」
一瞬きょとんとした後、カンナは吹き出した。
「言うじゃん、イザベルさん」
そうして私達は、医務室へ向かった。
――その時はまだ、これがただの体調不良や風邪ではない、などと思ってもいなかった。
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