第一話 聖女の姉は聖女を騙る②
「私は、花の聖女かもしれません。……夢で、神様から神託を授かりました。」
――そう。私がやるべきことは、「花の聖女」たるロサに代わって、全ての問題を先んじて解決すること。
そのためには、「花の聖女」を騙るのが一番手っ取り早い。
「な……?!そ……それは、一体どういうことだ?」
お父様は、唐突にとんでもないことを言い出した娘に動揺を隠せていない。
お母様は口を開かないままだが――その表情は、ほとんど絶句しているに近い。
それもそのはずだ。
「……お父様達の言いたいことは分かります。花の聖女が現れる年――200年の周期までは、あと10年ほど足りない。」
「ああ。花の聖女は200年の周期ごとに現れている。例外はない。次代が誕生するとしたら……丁度、ロサくらいの年代の少女だろう。」
「ですが、その200年周期というお話……本当に正しいんでしょうか?」
「……何が言いたい。」
お父様の低く抑えた声に、わずかな苛立ちが滲む。
当然だろう。伝承とはいえ、王国が長年積み上げてきた記録だ。それを否定するような発言なのだから。
ましてや「花の聖女」や「聖騎士」の存在は、この国において半ば常識のようなものだ。
軽々しく疑えば、社会的に抹殺されかねない。まあ私は腐っても「オルティッツ公爵家」の令嬢だから、そこまではされないだろうが。
とはいえ、そうした危機管理の仕方を教え損ねたとでも思われているかもしれない。
冗談にならない戯言を言い出した娘への対応に苦慮している、といった表情だ。
――が、ここで引くわけにはいかない。
「伝説そのものを否定するつもりはありません。ですが、200年前なんて昔の出来事を、実際に見たことのある方は、誰一人いないではありませんか。ならばもし――例外があったとしても、不思議ではないのではありませんか」
「それも否定の一種だ。王国が記録している内容が誤りだと言っているのと同じだからな。」
「ねえイザベル、何故こんなことを言い出したのかは分からないけれど……冗談のつもりなら、すぐに辞めなさい。他所で口にしたら、処罰されかねないわ。」
お母様の声音は穏やかだが、明確な警告だった。
……やはり、簡単には信じてくれなさそうだ。
「……そうですね。ですから、証拠をお見せします」
そう言って、私はそっと袖をまくる。
「……っ、イザベル、それは……!」
母の声が震える。
――手の甲に浮かび上がった、薔薇の形を象ったような紋章。
「夢から覚めた後に現れました。聖女の証――聖痕。お父様ならばご存じのはずです。これが、神託の証かと」
――これはもちろん嘘だ。魔術でちょちょいといじってそれらしく見せているだけ。
だが、聖痕の存在自体、知る者は多くない。
“形を知っている”というだけで、疑いは一段鈍る。
「……確かに、形は一致している。しかし……お前がそんなことをするとはあまり考えたくはないが、偽装ができる代物だ。これだけでは――」
「では、お父様。もう一つ」
遮るように、淡々と述べる。
「三ヶ月後、北方のカリステプス領で魔物が発生します。最初は小規模ですが、放置すれば被害が広がります」
「……な、何を根拠に……」
「そして昨日。西の交易路で大型の魔物による襲撃が起きています。護衛騎士が二名、命を落としているはず」
「まさか。そんな報告は一度も――」
と、丁度その時に扉が叩かれる。
「ご歓談中失礼いたします。至急、お耳に入れたいことが……」
「何だ」
執事長の話を聞きながら、お父様の顔色が変わる。
「……西の交易路で……襲撃……護衛騎士が……」
ゆっくりとこちらへ振り返る。
「イザベル、この話はどこで聞いた?」
「見たのです。夢の中で」
「聖女は、魔王の封印の綻びを修繕する存在です。――ならば、魔王の封印が解けるのが例年より早くなれば、聖女の誕生も早まると考えて良いのでは?」
「魔物の発生や魔物絡みの事件自体はどの時代でもある。その解決のために、平時であっても護衛騎士や騎士団が居るようにな。」
「いいえ。近年の魔物による事件の増加は、間違いなく魔王の目覚めによるものです。」
――これは実際そうだ。ゲーム内の知識をフル活用すると、実際、今回の魔王の封印はいつもよりも早めに開かれている。
原因は様々あるが、配下の手引きによるものが大きい。……にも関わらず、原作での聖女の出現は例年通り200年周期であったために、主人公達は厳しい戦いを強いられた訳だ。
「聖女として、それ以前に人として。これから起こる惨劇を知っていて、放っておくことはできません。」
そして、私は本題を口にした。
「……『花の聖女』として、魔物事件の解決に関わらせてください」
重たい沈黙が部屋に立ち込める。時計の針の音だけが、やけに大きく聞こえた。数秒ほどの間を置いてから、お父様が口を開く。
「……仮に、それが事実だとしても……」
低く、押し殺した声だった。
「お前が関わる必要はない。王家に報告すれば済む話だ」
「……そうかもしれません」
ここで反対されるとは、正直少し意外だった。
私が「花の聖女」だということ自体は、ある程度信じてくれているのだろう。貴族として考えれば、家から聖女が出ることは本来なら名誉なことのはずだ。
それでも止めようとする理由は――きっと、親心というやつだ。
もしかすると、原作では描かれていなかっただけで。ロサが聖女として選ばれた時も、こんなやり取りがあったのかもしれない。
……ならばなおさら、ここで退くわけにはいかない。
「他の人がやるからといって、自分は何もしないような卑怯者には、なりたくありません」
と、はっきりと言い切る。
「私に出来ることがあるなら、それをやらない理由にはならないと思うのです」
「それで命を落とせば、何の意味もない」
お父様の声が、またわずかに強くなる。
「お前は、自分が何を言っているのか分かっているのか」
「分かっています」
視線を逸らさずに答える。
「危険であることも、軽い話ではないことも」
それでも。
私は、少しだけ言葉を選んでから続けた。
「……ロサに、格好悪いところは見せたくありませんから」
「……何?」
「私は、あの子の“お姉ちゃん”だから……守られるだけで、何もしないでいるような姿は、見せたくないのです」
再び、沈黙が訪れる。
重苦しい空気の中、不意にお母様が静かに口を開いた。
「……あなた」
「行かせてあげましょう。この子……本気よ」
「な……! 信じるのか、アントワーヌ!」
「……正直なところ、本当に聖女かどうかなんて分かりません」
お母様は穏やかな声音のまま、ゆっくりと言葉を続ける。
「でも私は、この子を信じてみたいのです。それに――」
ふっと、困ったように微笑んだ。
「この子は、一度決めたら引かないでしょう?」
「……そのようだな。まったく、誰に似たのやら」
お父様は深く息を吐き、疲れたように額を押さえ、それから、観念したように目を閉じた。
「……本当は、行かせたくなどない」
その声は、小さく……けれど確かに、親としての本音が滲んでいた。
「……条件がある」
「……はい」
「単独行動は禁止だ。必ず護衛をつけること」
「はい」
「我々が危険と判断した場合は即時撤退。必ず家へ戻れ。……報告をしなければバレない、などと考えるなよ」
「わ、分かっています」
ぎくり、と肩を揺らした私を見て、お父様は呆れたように目を細める。
「今、隠れて動けば……などと考えただろう」
「……いいえ?」
「図星だな……」
わざとらしく肩をすくめるその姿に、少しだけ空気が緩んだ。
けれど、お父様はすぐに真面目な表情へ戻る。
「そして――フロレンティア・カレッジに入れ」
「……え?」
「お前は今まで、一般的な貴族教育しか受けていないだろう。……魔術も知識も足りないままでは、魔獣による事件の解決、まして魔王の封印などお話にならん」
厳しい言葉だが、その言葉の奥にあるのは責める感情ではない。娘を危険な場所へ行かせたくないという、不器用な心配が伝わってくる。
「聖女を名乗るなら――それ相応の力を持て」




