第一話 聖女の姉は聖女を騙る①
あれからもう5年。
5歳になったロサは、相変わらず可愛い――いや、むしろ毎日可愛いを更新し続けている。
恐ろしいことだ。このままではゲームの攻略対象に限らずとも、変な虫が付きかねない。
オルティッツ邸の庭の一角。日当たりの良い芝生の上で、ロサは小さな手いっぱいに花を抱えていた。
「お姉さま、みて!きれいなおはな、いっぱい!」
満面の笑みでとことこと駆け寄ってくる姿に、思わず顔が緩んだ。
「わあ、すごいね、ロサ。こんなにたくさん……全部、自分で摘んだの?」
「うん!がんばった!」
誇らしげに胸を張るロサの頭を、そっと撫でる。柔らかく細い金の髪が指に絡んで、思わずもう一度撫でてしまう。
本当に、どうしてこんなにも可愛いのか。
「これ、お姉さまにあげるね!」
そう言って差し出されたのは、拙いながらもしっかりと、黄色いリボンで結ばれた花束。
「ありがとう、大事にするね。」
そう言って微笑むと、ロサは嬉しそうにぱっと顔を輝かせた。
そのまま、ぎゅっと抱きついてくる小さな体を受け止めながら、そっと背を撫でる。
この無垢な笑顔を曇らせるような未来が、この先にある。
――そんなの、認められるわけがない。
ロサをゲーム内の主人公の運命から遠ざけるために、何をするのが一番確実か。
答えは単純だ。他の誰かが、ゲーム内で起こる問題を全部解決してしまえばいい。――まさに完璧な計画。
確か、ゲームはロサが「花の聖女」に選ばれる場面から始まる。
16歳の誕生日、夢のお告げで聖女だと知らされる。そのまま「フロレンティア・カレッジ」――王国でも指折りの名門校から、「花の聖女」への招待状が届き、以降は転入したフロレンティア・カレッジを舞台に物語が進んでいく――そんな流れだった。
――いや、ちょっと待って。
こんな天使を他所へ行かせるなんて、ゲーム正史の自分は気でも狂っていたのか?
――なんて思いはさておき。
「花の聖女」。それは、200年に一度このフロラリア王国に現れる存在だ。
もともとは、2000年前に世界を征服しようとした「魔王」を、3人の「聖騎士」と共に封印した聖女が始まりだとされている。
だが、その封印も永遠ではない。200年も経てば綻び、魔物が国内外に現れるようになる。
それを抑え、再び封じる役目を担うのが――「花の聖女」だ。
と、いうことは。
封印さえどうにかできてしまうなら、必ずしも“本来の”花の聖女である必要はないのではないか。
――というのが、私の推論だ。
前世の記憶によれば、「花の聖女」の力は封印そのものに直接作用するものではない。
聖女はあくまで、“聖騎士の力を底上げする存在”だ。
そして、ここが重要なのだけれど。
ゲーム内では、聖騎士は聖女と違って、かなり自由度が高い。
ルートによって誰が仲間になるかは変わるし、それによって、恋愛の展開も変わる。
けれど――「魔王を封印できない組み合わせ」というものは、存在しない。
もちろん、それ以外の部分でバッドエンド分岐に入れば当然バッドエンドになるし、その分岐もかなり多い鬼仕様だけれど。
基本的に、どのルートもハッピーエンド自体は用意されている。
唯一、「魔王」のルートだけは、和解ルートだから封印をしないけれど――難易度が高いのでこの道は考えないことにする。
つまり今から私がすべきことは――
「お父様、お母様、大事なお話があります。」
夕食後の穏やかな時間。食後の紅茶の香りがまだ部屋に残る中、そう切り出すと、和やかだった空気がわずかに引き締まった。
ちなみにロサはもう自室で寝ている。いい子は寝る時間だからね。
かしこまった態度の私に、両親は顔を見合わせ、訝しげな表情を浮かべながらもこちらへ向き直る。
「どうしたんだい、イザベル。そんなに浮かない顔をして……。」
「ええと……信じていただけるか、分からないのですが……。」
「まあ、私達がイザベルを信じないなんてこと、今までにあって?」
――実際大嘘を吐こうとしているところに厚い信頼を見せられると、揺らぐのでやめて頂きたい。
そんな内心はおくびにも出さず、努めて冷静に、それでも不安げに見えるようにして言う。
「……私は、花の聖女かもしれません。」
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